人を食い人を救いもする牛鬼も所詮、自分の影法師

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人を食い人を救いもする牛鬼も所詮、自分の影法師

【牛鬼(うしおに)】 おもに西日本で語り継がれている妖怪。 頭が牛で、体が鬼、また逆の頭と体の姿形をしている。 多くの伝承で、ひどく獰猛であり人を食うものと語られているが、一部には神の化身との解釈もある。 役作りのため、カウンセラーに話を聞きにいき、興味深いことを教えてもらった。 「人は人を見ているようで、自分を見ているんですよ」 たとえば、にこにこしている人がいたとする。 それを見て人によって受ける印象は、けっこうな開きがあって、ばらばら。 「親切そうで、いい人そう」 「媚びていて、癇に障る」 「あやしい、下心があるにちがいない」 その感想や意見は、どれも正解ではない。 なぜなら、それらは彼ら自身が笑うときに、なにを思い考えているかを述べているだけだからだ。 「他人の思考を読むのは、ほぼ不可能なんです。 でも、分からないままでは困るし不安だから、つい『自分なら』と当てはめてしまう」 なるほどと心から納得をしたのは、話を聞いたあと、ドラマの撮影現場でのこと。 この現場で気になる役者が二人いた。 一人は、芸名が「牛鬼」という中堅の俳優。 由来は妖怪らしいが、名のとおり鬼のような巨体で、強面ながら、牛のようなつぶらな瞳をしている。 見た目がいかつく迫力があるに、サングラスや帽子、フードで目元を隠し、悪役や犯人役、やくざの役などを演じることが多い。 プライベートでも、寡黙で表情に乏しいため、人が寄りつかないとはいえ、俺は好ましく思っていた。 仕事では愛想をよくしながらも、プライベートでは牛鬼とどっこいどっこいに心を閉ざしていたから。 正直「感じがわるい」「塩対応」と叩かれても「うるさい!」と一蹴して、自分の思うままに、ふるまいたいが、そこそこ顔が売れている俳優である以上、できない。 そんな自分の代わりに牛鬼が「好感度糞くらえ」とばかり堂堂としているに、せいせいしていたわけだ。 もちろん牛鬼は、語ったことがない俺の思いなんて知る由もないだろうし、同じような葛藤はないのかもしれない。 もう一人は宝田というドラマの主役にして、今、人気絶頂の若手の俳優。 分かりやすく天狗になって、遅刻をする、台本を読んでこない、棒読みだし台詞がとべば人のせいにする、些末なことでスタッフに当たり散らすなどなど、素行が目に余りすぎる。 が、その人気のおかげで視聴率がいいこと、宝田の所属する大手事務所がドラマに多額の出資していることで、だれも注意したり諭すことができず、野放しのまま。 おかげで、ますます、つけあがる宝田は、下っ端のスタッフから共演者、お偉いさんまで、鬼の首をとったように虐げていた。 とくに目をつけられたのが牛鬼で、現場では絶えず、その痛罵が耳を打ったもので。 「どんな言い訳をしても遅刻は許されないからな!ドラマの制作で損害した分、弁償しろよ!」 「なんだ、そのお粗末な芝居は!素人かよ!一から演技を勉強しなおしてきやがれ!」 「台詞を忘れるとかありえねーし!アドリブでいい加減にできると思って、仕事、舐めてんのか!?」 「あんたが居るだけで、スタッフが委縮するし、空気がわるくなんだよ!自分の好感度がゼロどころか、マイナスなの、どうして気づかないかな!?」 カウンセラーの話を思いだすに、宝田は牛鬼でなく、自分自身に駄目だしをしているように聞こえた。 ことごとく罵りがブーメランになっているものだから、たまに噴きだしそうにもなって。 自分の短所や至らなさを把握しているくせに、微塵にも自覚していないのが不思議なところ。 まあ、俺とて、カウンセラーに教授してもらうまえは宝田が騒ぎたてるせいで、牛鬼を劣等生だと思いこまされていたし。 宝田の悪口に惑わされなくなって、まえより、すこし精神的な負担が減ったし、すこし牛鬼と親しくもなった。 とはいえ、ほかの仕事とかけもちをして多忙となれば、疲れとストレスがたまるばかり。 胃がきりきりするのに歯を食いしばりながら、テレビ局に向かい、手前の大通りを渡ろうとしたとき。 歩道に立っていたものを、にわかに眩暈を覚えて、赤信号の横断歩道へと倒れていってしまい。 ちょうどトラックがきて、衝突しそうになった直前、勢いよく引っぱられて、そのまま歩道に尻もち。 心臓をばくばく、頭をくらくらしつつ、斜めうしろを見あげたら牛鬼の顔があったように思う。 そこから記憶が遮断され、目を覚ましたのは病院のベッドの上。 ベッドわきにいた涙目のマネージャーから聞いたところ、たまたま牛鬼があの場に居合わせ、助けてくれたのだとか。 すぐに電話して「命の恩人だ」と泣きじゃくって感謝をすれば「目のまえで、人が轢かれそうになれば、助けるのは当りまえです」と。 「そんなに有難がらなくてもいいですから、どうか、しっかり休んで体調万全にして、もどってきてください」 そっけない物言いだったとはいえ、これから仕事していくうえで、後腐れがないように、ぶっきらぼうな牛鬼なりに配慮したのだろう。 この一件で、自分と重ねて見る以外に、牛鬼のよさを知って、ますます好感を持つように。 牛鬼にいわれたとおり、長く休養をして現場復帰すれば、そりゃあ、宝田にいやみや皮肉を乱射されたが。 「それ、ぜんぶ自分のことだろ」と内心ツッコめば、さほど心労にはならなかったし、事故未遂のことなど、すっかり忘れたような牛鬼と接していると、心強かったし。 おかげで、なんとか宝田独裁の現場を耐えられて、撮影終了。 ただ、打ちあげの飲み会でも宝田独裁がつづき、店員に横暴を働くなどをして、せっかくのクランクアップがひどく後味がわるいものに。 「せめて、早くおさらばしたい」と辟易としたものの「まだまだ、飲むぞ!つきあえよ!」と駄々をこねる始末。 まわりが宥めるのに、喚いて暴れまくり「触るな!」と手を振りはらったとき。 自分の腕の遠心力に振りまわされ、ふらふらと後退をし、段差に引っかかって、車道に倒れていった。 のけ反る宝田に、スピードをだすスポーツカーが迫り、でも、みんなが固まっていたのは、あまりに彼に人徳がなかったからか。 が、一人だけ跳びだしたのは、そう、牛鬼。 俺にしたらデジャブのように、牛鬼は宝田の腕をつかみ、歩道につれもどして。 宝田の尻に、スポーツカーがかすめたようなものを、二人とも向きあって立ったまま、怪我はなさそう。 ほっとしたのもつかの間「ああああああ!おまえ、俺を殺そうとしたなああああ!」と鼓膜を破裂させんばかりの絶叫が。 「俺に嫉妬するあまり、撮影中ずっと恨めしそうに睨みつけて、ネットに醜聞を流すとか、ばれないよう悪質な妨害をしまくりやがってええええ! ほ、ほ、ほ、ほんとうは原型をとどめないほど俺の顔を殴りたかったんだろおおおお! ついには殺しまで、あ、あ、あああああ!だれかああ!助けてええ!牛鬼に殺されるうううう!」 命の恩人に対して、あるまじき、とんでもない妄言であり暴言。 制止しようともせず、俺や牛鬼たちは、ただただ呆気にとられて「お巡りさああああん!牛鬼を射殺してくれえええ!」と走っていった宝田を見送ったもので。 それから一週間後、宝田は同棲していた、若手女優を殺したとして逮捕をされた。 殺人に至るまでの経緯について、週刊誌が報じたところによると。 彼女はデビューして間もなく、演技が認められ、ドラマ映画舞台にひっぱりだこだったのが、宝田と交際しだしてから評判が落ちていったという。 仕事をドタキャンしたり、遅刻常連になったり、いつも呆けて、まともに仕事ができなかったり、ヒステリーになって「触らないで!」と騒ぎたてたりして、手に負えなくなったものだから。 そうして彼女が精神的に不安定になった原因は、宝田のDVらしい。 彼女が相談をしたという友人曰く「『へたくそ!』『女優をやめろ!』と毎日、責められていた」とのこと。 週刊誌を読んで、カウンセラーの言葉、打ちあげの宝田の発狂ぶりが重なって思い起されて、つくづく考えさせられたものだ。 他人が仏に見えるか鬼に見えるかは、自分次第なのだな、と。
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