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彼女の願いを木魂は聞きいれずにない良心に訴えかける
【木魂】
樹木に宿った精霊。または精霊が宿った樹木自体を差す。
木霊と呼ばれることも。
山や谷で起こる現象、やまびこは、この精霊のしわざという説もある。
ある森に不思議な場所がある。
そこで叫ぶと、野外のはずが、洞窟にいるように声が木霊するのだ。
怪奇的な現象が起こることから、そのうち「願いを木霊せば、叶う」といわれるパワースポット扱いをされるように。
木霊と言霊。
響きと意味が似ているに、混ぜあわせての発想なのだろう。
伝承があるでも、らしい理由やこじつけがあるわけでもなく、パワースポットになったそこに、人は絶えずに訪れ、日日、願いを響かせていった。
今日も一人、若い女がふらりと来訪。
青白くやつれて、陰鬱な顔をしながら、叫ぶ場所の目印、苦悶する人の顔が掘られたような木のそばへ。
深く深く息を吸って、思いっきり絶叫したことには。
「○○なんて死ねええええええええ!」
○○は元カノ。
彼女の誕生日に、町で知らない女と腕を組んで鼻の下を伸ばしていたもので。
そのことを問いつめると「え、おまえと付ききあっているつもりなかったんだけど」といけしゃあしゃあとしらばくれた、最低最悪な下衆野郎。
いつも、あまり怒らない彼女も、さすがに逆上して、彼ととっくみあいの喧嘩をし、そのとき流血したのがワンピースに散っている。
結局、話しあいがつかず、彼の部屋から跳びだして、この場に走ってきた次第。
そのままの勢いで行き場のない怒りをぶちまけたものの、反響するのが消えかかりそうになったとき。
「おまえこそ死ねええええええええ!」
返事をするように男の断末魔の絶叫のような声が、わんわんと響きわたって。
ぞっとしたのはもちろん、元カレの声音に似ているようなのが、おぞましくてたまらず「ひい・・・!」と彼女は身をすくめ、ころびそうにながら、走り去っていった。
翌日、アパートの一室から元カレの死体が発見された。
そして二日後には、森で元カレの死を懇願した彼女が逮捕。
元カレ、いや、彼女だけが恋人と主張している彼の殺人容疑で、だ。
そう、彼と彼女は恋人同士でなく、友人でも、知りあいでもなかった。
「わたしたちは、将来を約束した関係」と彼女が思いこみ、ストーカー行為をしていただけ。
どんどん行為はエスカレートして、ついには部屋に踏みこんだことから彼は警察に相談。
警察が警告したところ、すなおに応じて反省するふりをし、ばれないようにストーカーをしつづけて。
おかげで、彼はあきらめてくれたものと思い、ずっと会うことを控えていた本物の彼女とデート。
それを目撃して「誕生日に、なんて惨いしうち!」と怒り狂って、部屋に押しかけ、彼を突きとばして包丁を振りあげたわけだ。
「わたしがやったんじゃない!わたしの木霊した願いが、聞きいれられたのよ!」と彼女は断固として否認をしたが、もちろん、警察は聞きいれなかった。
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