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人が許してもしょうけらは見逃さずにこの世の理をもって裁きを与える
【しょうけら】
人間のようで、軟体動物のようだったり、鬼のようだったり形は定かでない。
絵巻には解説文はないが、民間信仰の庚申待の行事でその名が書かれている。
道教が由来の「三尸(さんし)」を擬人化した説もあり。
俺のクラスには、ぽっちゃり男子とスタイルのいい女子がいる。
で、どうしてか、彼女はなにかと、彼に突っかかっていた。
病的なほど執拗で粘着質に、体型について冷かしたり嘲笑ったり侮辱したり。
とくに聞くに堪えなかったのは。
「あんた痩せるために、お腹のなかでサナダムシ飼ったらあ!?」
ちょうど、保健の授業で寄生虫についての授業を受けたものだから。
サナダムシの卵、幼虫、成虫の、身の毛もよだつ写真を見たあととなれば、そりゃあ、無神経すぎる暴言にクラスは興ざめ。
この例からして、お分かりのとおり、彼女の彼への噛みつきようは正気を疑うレベルで、だれも便乗したり加担せず。
なんなら「サナダムシ」の件のように、クラスはいい迷惑をしていたし、扱いに困っていた。
せめてもの救いは、ターゲットにされている彼が、まるで歯牙にかけないこと。
「あーはいはい」と聞き流して、ときには「そうか、きみのスタイルのよさの秘訣はサナダムシなのかあ」とにこやかに辛辣な皮肉を返すことも。
まあ、そうやって屁でもなさそうにするから、なおのこと彼女も躍起になるのだろうが、もちろん、彼に非があるわけではなく。
体型が対照的な二人の関係は、悪化するでも改善するでもなく、どっちつかずに奇妙な均衡を保っていたものの・・。
修学旅行で山奥にある旅館に泊まったときのこと。
近くの村が、夜が更けてもにぎやかしかったので女中さんに聞いたところ。
「あの村では毎年、ああして徹夜してお祭りをするんですよ。
なんでも、この日は、体の中にいる虫が天にのぼって、その人がどんな悪行をしたか報告しにいくそうです。
それを聞いた神さまが、罪の重さによって寿命が縮めたり、命を絶やしたりするのだとか。
虫以外にも『しょうけら』というのが家を覗きにきて、神さまに密告するんですよ。
そうして虫にちくられないよう、しょうけらに覗き見されないよう、この日一日はずっと起きて、お祭りに勤しむようです」
女中さんが去っていってから、ぽっちゃり男子の彼が「虫ってサナダムシみたいだな?」と笑いかけて。
なんとなく笑いかえせず、彼は屈託なさそうだったが、背筋に悪寒が走り。
布団にはいっても、彼の一言が引っかかって、眠れずにいたところ「いやあああああ!」と悲鳴が耳をつんざいた。
聞きつけた生徒や先生が駆けつけると、休憩スペースで狂乱する彼女が。
先生が宥めて、事情を聞いたなら。
「ソファに座って、あそこの天窓から星を見ていたの!
つい、うつらうつらしちゃって、はっとして起きたら天窓から覗きこむ気色わるい化け物と目があって・・・!」
金切り声をあげる彼女に「また人騒がせな・・・」とみんなは、げんなり。
だれも真に受けていないのを察してだろう。
彼女は涙を散らして「あんたの仕業ね!」と彼に八つ当たりを。
「いつも、阿保っぽくへらへらしているけど、わたしのこと憎くくてしかたないんでしょ!
だから、わたしに呪いをかけて、こうやって、おぞましいものを見せて狂わせようとしているんでしょ!」
旅行の疲れもあって眠たいところ、鬱陶しくからまれて、でも、彼はいつもどおり「なんだ、憎まれるほどのことしている自覚はあるんだ」と一笑に付して。
「まあ、俺は憎んでないけど、気をつけないと、お天道様は見逃さないかもよ」
俺らにしたら毎度のあしらい方に思えたものを、彼女には、さぞ憎たらしげに聞こえたらしい。
「あ、ああ、あんたって奴はあああ!」と激昂して彼に跳びかかり、それを止めて宥めるのに一晩かかってしまい。
結局、あれから一睡もできないまま朝食バイキングに。
昨日の旅行の疲れがとれないは、真夜中の一騒動でさらに消耗したはで、ぐったりして食がすすまない俺らを尻目に、彼女はがつがつ。
そういえば、彼女、細くてスタイルがいい割に大食だよな・・・。
あらためて思って眺めていたところ、パンを口に咥えたまま、勢いよく立ちあがり、朝食の会場から跳びだしていった。
すこしして、夜の悪夢がよみがえるように「いやああああああ!」と鼓膜を突き破るような絶叫が。
夜の騒動で懲りた俺らは、重い腰をあげなかったものを、担任教師がため息を吐きながら会場をでていき。
しばらくしたなら血相を変え、もどってきて「俺は今から病院にいくから、おまえたちは、ほかの先生の指示を聞いてくれ!」といいのこし、去っていった。
彼女が泣き叫んだのはトイレの個室。
たまたま、トイレに居合わせた女子曰く「『長くてキショイ虫がでてきた!』って喚いて、まさかと思ったけど・・・」と。
先生は「体調を崩した」としか告げなかったとはいえ、その証言からして「サナダムシをお腹で飼ったら?」との暴言がブーメランになったのだろうと、皆が皆、思ったもので。
修学旅行を終えて三日後、彼女は登校してきたとはいえ、ゾンビのようにやつれて顔色も死人のように。
もともと華奢だったのが、サナダムシに栄養を横どりされては見るも無惨といったところ。
彼への暴言がブーメランになって自分に突き刺さったような有様に見えてしまい。
さすがに反省してか、彼女はうな垂れたまま無言で、天敵の彼がそばにいても反応せず。
それから登校するたびに彼女は痩せ衰えていき、ついには授業中に倒れて入院することに。
たしか、サナダムシは薬を飲めば駆除できるはずが。
薬でサナダムシを殺しても、お腹にはびっしりと卵が植えつけられ、それが次次と孵化をするから、きりがないのだろうか・・・。
なんて惨たらしい想像をしてしまうほどの衰弱ぶり。
そして、とうとう、限界まで痩せて生命維持をできなくなり、亡くなってしまったそうだ。
そのことを先生から知らされて、ぽっちゃり男子の彼は、ひどく気落ちしていた。
まあ「さまあみろ!」と高笑いするのは不謹慎とはいえ「いやいや、おまえのせいじゃないだろ」と慰めると「じつは・・・」と思いがけない告白を。
「ずいぶんまえに彼女が校舎裏で口に指を突っこんで吐くのを見たんだ。
拒食症なのは、すぐに分かった。
俺の姉ちゃんも、そうだったから。
こういう人って『食べたいけど、太りたくない』って思いが強いんだよ。
比べて俺は食べるのが好きだし、太ってもかまやしないからさ。
そうやって葛藤や悩みがないのが、拒食症に苦悩する彼女には癪だったんだろうね。
って分かったから、彼女が体型のことを飽きずに茶化しても、させたいようにさせていたけど。
そのやり方はまちがっていたのかもしれないし『お天道様が見逃さないかも』なんていわなきゃよかった・・・」
たしかに彼女には同情の余地がある。
ただ、校舎裏で吐いていたのを口外せず、その心情を理解して大目に見て、今も気に病んでいる彼の、その寛容さに甘えるにしろ、度が過ぎたのかもしれない。
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