猫たちに誘われて火車が彼を宙に舞わせる

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猫たちに誘われて火車が彼を宙に舞わせる

【火車(かしゃ)】 全国に事例があるものの、総じて葬式や墓場から人の亡骸を奪いさる妖怪といわれている。 火に包まれた輦車(人力で引く車)を引き、人を迎えにきて地獄へとつれていくとも。 車を引くのは鬼とも猫又とも諸説があり、定まっていない。 町役場に勤める同僚が亡くなった。 趣味の山歩きをしている途中で、崖から転落したとか。 彼は仕事ができ、人柄もいいと評判の男前。 「うちの婿になってほしい」と囃されていたのが、三十半ばになっても、結婚の話どころか、浮いた噂も聞かれず。 そのことを不思議がりながら、若くしてあの世にいったのを、町の人人は哀れんだもので。 また意外に、複雑な生い立ちをし、身寄りがなかったために町役場がしきって彼を弔うことに。 この地域の弔い方は、すこし変わっている。 いいつたえでは人が亡くなると、燃えさかる輦車(人力で引く車)を引く「火車」という妖怪が火葬されるまでに棺桶から死体が奪ってしまうとか。 それを阻止するため、棺桶を二つ用意。 一つには人形をいれて、火車がその囮を追いかけているうちに、本物の棺桶を運びだし火葬をする。 というわけで、葬式の場に置かれているのはダミーであり、同僚が眠る棺桶はお札が貼られて結界を敷いた部屋に。 出棺をするときも、ダミーを乗せた霊柩車とバスが火葬場にむかってから、これまたカモフラージュに霊柩車でなくワゴン車で、ひそかに同僚を運ぶという徹底ぶり。 今の時代「そこまでやる?」と思うが、なにせ同僚が昔ながらの弔いをする寺の檀家だったから。 さほど手間はかからないし、町役場とすれば地域の伝統を踏まえて仲間を見送るべきとも考え、寺に教えてもらいながら丁重に弔おうとした。 とりあえずお通夜を無難に済ませて、俺が寝ずの番をすることに。 同僚とは幼なじみの同い年で、とくに親しかったことから、その役を買ってでたとはいえ、すっかり疲れてしまい。 薄暗がりに揺れる線香の煙を見るともなく見ていたら、なおのこと眠気に襲われて、うつらうつら。 寝落ちしそうになったところで「にゃあ」と耳を打った。 瞼を跳ねあげて見やれば、棺桶のうえに猫が。 寺の住職の「みんなの邪魔をしてはだめだよ」のいいつけを守っていた、賢そうな飼い猫だったはず。 いくらダミーの棺桶とはいえ「乗ったらだめだよ」と注意しようとしたら、跳びおりて廊下のほうへ。 廊下にでるまえに振りかえり「にゃあ」と鳴いたのが、俺を呼んでいるように思えて。 眠気で頭をくらくらさせながら、夢うつつに、猫に誘われるまま、ふらりと廊下に、さらに外へと踏みだした。 寺の裏にある山を猫がのぼっていき、暗いながらに見失うことなく、ついていって。 「そういば、同僚が亡くなったのは、この山奥ではなかったか?」とふと思ったところで、ぬかるみに足が埋もれた。 昨日は一日中、雨だったに、土壌が緩くなったのだろうが、それだけでなく。 人が掘って埋めたようで、泥から足を引っぱりだすと、猫の死骸も浮上。 「ひい!」と尻餅をつき、慌てて顔を背けたものの「ん?」と引っかかって、おそるおそる薄目で見れば。 まだ新しい猫の死骸には、切り傷が無数に。 自然死には見えず、あきらかに人の手によって虐げられた跡が。 「まさか」と太い枝を手にとり、泥をかきまわすと、まあ、いくらでも湧いてでてくる猫の骨たち。 何者かがしょっちゅう猫を殺しては、寺の裏にある山に埋めていたらしい。 じゃあ、この山で同僚が亡くなったということは・・・・。 翌日、お葬式が済んでダミーの棺桶が火葬場に移送される途中。 暴走トラックが霊柩車に激突。 さいわい、運転手と町役場の上司は軽傷だったものを、その衝撃で棺桶が外にころがりでて、さらには突風に吹きとばされた。 近くの川に流されたのか、棺桶は見つからず。 といって、ダミーだから「いやーいいつたえも侮れないなあ」と深刻にとらえずに、本命の棺桶を運ぼうとしたところ。 一応、確認しようとしたなら、同僚の遺体はなく空っぽ。 警察に届けでをしたとはいえ、いいつたえにまつわる摩訶不思議な現象について、参列した人人は騒ぎたてることなく、口外もせず。 住職が「仏の思し召しでしょう」の一言で済ませ、多くを語らなかったのに、だれもも文句をつけず、同僚について詮索もせず。 一通りの儀式が済み、片づけをして町役場の人たちが帰るなか、俺もため息を吐いて腰をあげようとしたところ。 廊下を通りすぎる猫を見かけた。 その尻尾は二つあり、優雅に揺れていたものだ。
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