一 畜生腹

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一 畜生腹

 長月(九月)三日。夕刻。  仙台伊達家平士頭の佐藤源之介の屋敷の座敷に、同じく平士頭の従弟木村玄太郎と妻の香織が座った。座敷には佐藤源之介が座り、源之介の妻奈緒は褥に身を横たえている。奈緒の横には産婆の佐藤梅が座っている。  産婆の佐藤梅は話した。 「畜生腹というのを聞いたことがあると思いまする。  巷では双子や三つ子をそのように呼んで、忌み嫌いまする。  そこで双子や三つ子が産まれた親は親戚などに頼んで、子らを隠そうとしますのじゃ」 「其方は何を考えているのだ・・・」  玄太郎は産婆の梅を睨んだ。梅は源之介の親戚筋に当たる産婆で玄太郎とも親戚筋だ。  源之介が言う。 「奈緒の腹に子どもがいる・・・」 「そりゃあ、見ればわかる」  玄太郎と玄太郎の妻の香織は頷いている。 「梅が言うには、子は三つ子だ・・・」  源之介は困り顔で、玄太郎と玄太郎の妻の香織を見た。 「それで、親戚の私たちを呼んだのか」  玄太郎は源之介と源之介の妻の奈緒を見つめた。  玄太郎の妻の香織は梅に尋ねた。 「いつ産まれるのですか」 「ふた月後です。そこで私から提案がありまする。  木村様御夫婦は今日からここ佐藤家に滞在して、子を産んで欲しいのです。  表向きはそのようにします。  奈緒様が子を産んだら、末子を、香織様が産んだ子として屋敷に連れ戻り、育ててください。  男女を問わず、末子は香織様が産んだ子どもです」  産婆の梅はそう言って玄太郎と妻の香織に微笑んだ。源之介と妻の奈緒も納得して頷いた。  玄太郎と妻の香織は驚き呆れたが、 「願ってもないこと故、とても嬉しく思うている。だが、それで良いのか」  と問う玄太郎の頬に笑みが溢れている。妻の香織も同じだ。まだ二人に子はいない。  玄太郎の父は源之介の父の従弟で、母は源之介の父の妹、叔母である。つまり、玄太郎は源之介の従弟だ。玄太郎と妻の香織は仲睦まじいのだが子はいない。睦事が過ぎるのではないか、と源之介が口を滑らせたことがある。それくらい二人は仲睦まじい。 「世間の慣習と噂は情け容赦なく人の心を傷つける。  子らも奈緒も、そうされぬよう、そなたたち頼んでいるのだ。  そこでだ。香織殿もこの我家で子を産んで下され」  源之介は畳に手をついて、玄太郎夫妻に深々と頭を下げた。 「あいわかりました。子が生まれるまでここに留まりましょう。  なんなら、ずっとここに住んで、家族仲良うに暮らしとうございますなあ」  香織は、褥に身を横たえている奈緒の手を握って微笑んだ。  その後。二人の妻は子を産んだ。もちろん梅の言うように建前である。  源之介と奈緒の子らは、長女の八重と次女の多恵だ。  玄太郎と香織の長女は、佐恵だ。  子ら三人は一年ほど源之介の家で仲睦まじく暮した。その後は、味噌汁も冷めぬ距離にある互いの組屋敷を行き来した。
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