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1.延期された結婚式
「薫子、すまない。結婚式は延期にしてもらえないか?」
これぞまさに青天の霹靂ってやつだ。
式場を仮押さえした三日後に、婚約者である青木昌輝からそう告げられた。
「な、何故? 何故延期なの? 私何か昌輝さんが気に障る事をした?」
「そうじゃないんだよ、薫子……実は」
昌輝は少し俯いて淡々と語り出した。
「実は、来月から半年間ほど海外出張をする事になって……それで、帰って来るのは式のギリギリになってしまいそうだから、少し式の予定を延ばして欲しいんだよ」
「仕事……なのね。それなら仕方がないけど。それってどうしても行かなきゃならない出張なの?」
「ああ、アメリカの支社から僕を指名して来たからね。僕が行くしかなさそうなんだ」
「それじゃ、お式を延ばすのも仕方ないわね……毎日連絡はくれる?」
「ああ、時差があるからビデオ通話は難しいが、LINUなら毎日送るよ」
「ありがとう、昌輝さん……」
仕事……それじゃ仕方がないわね。でも、半年も出張だなんて会社側もあんまりだわ。彼が私と結婚するっていうのは上司にも伝わっているんでしょう? なのに、このタイミングで長期出張だなんて酷過ぎる。
でも、私は『物分かりのいい妻』になりたいが一心で、その不満を口にしなかった。口にしたら、きっと彼はうんざりした顔になって私を捨てる。そんな予感がするの。
「出発はいつ?」
「ああ、来月の三日からだ」
「そう……お見送りに行くわね」
「いや、それは……ちょっと……」
「え?」
言葉を濁した彼にほんの少しの違和感を抱く。
「ほら、他の社員も一緒に行くしさ。見送られると照れくさいから、その……来なくていいよ……」
「あら……そう……」
ここでも私は『聞き分けのいい女』を演じる。
「じゃ、今日はもう帰るよ。出張の準備もあるし」
「え? もう? まだ十四時よ? それに今日は土曜日だし……」
「すまない、薫子。忙しいんだ」
そう言うと彼は伝票を持って喫茶店から出て行った。
「あー、むしゃくしゃする。式場も断りに行かなきゃいけないし。っていうか、延期してその後いつお式を挙げるのよ!」
私はイラ立つ自分を抑えきれずに、スマホを手にしてある人に連絡をする。
「今から出て来られない? え? いいじゃない、私の一大事なのよ」
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