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終わりの始まり1
今日はいつもより帰りが遅くなってしまった。もはや俺の定時となっている21時に帰ることはできず、22時になってやっと会社を出ることができた。今日が金曜日で良かったと思う。これが週半ばなら、疲れがとれずキツイ。
電車を降りてマンションまでの道を歩いていると小さくお腹の虫が鳴る。今日は19時にカップ麺を食べたけれど、きちんとした食事をしたとは言えないからかお腹が空いてしまった。家に帰れば作り置きのおかずがあるので、家に帰ったらそれを食べよう。
そう思って、マンション近くの公園を通り過ぎようとしたとき、人影を見つけた。人影は大人だ。こんな時間に珍しいなと思う。しかも誰かと一緒ではなく1人だ。
そう思って人影を見ていると、それは律くんによく似ていた。こんな時間に公園にいるということは、また暴力を振るわれたのかもしれない。そう思って声をかける。
「律くん?」
「……直樹さん」
やっぱり人影は律くんだった。
「どうしたの。こんな時間にこんなところで。もしかして、また?」
「いえ……」
「じゃあどうしたの?」
思った通り蹴られでもしたのだろう。そう思って訊くが律くんは違うと言う。なんだろう?
「出ていけって言われて……」
そう言われてよく見ると膝に小さなスポーツバッグを持っている。
「なんでまた急に。それで行くところがないの?」
「実家も考えたんですけど、遠いから通勤に大変で。でも、他に行く宛ないからどうしようかなって。部屋探しもしなきゃだし」
「ならうちにおいでよ。いつまでいたっていいよ。俺1人だし」
「え、でも……」
「気にしないでいいよ。良かった通りかかって。いつもこんなに遅くに帰ってくることないんだけど。さ、行こう」
そう言って律くんと並んで歩く。一体、どれくらいあそこに座っていたんだろう。
「どれくらいあそこにいたの?」
「え?」
時間を気にしてはいなかったようで、ポケットからスマホを出すとびっくりしていた。
「1時間半いたみたいです。そんなにいたつもりなかったんだけどな」
「だったら体も冷えたでしょう。春とはいえ、夜は冷えるんだから。食事はした?」
「あ、はい」
「なら食事はいらないね。うちに行こう。で、家に帰ったらお風呂に入って温まった方がいい」
「いつもありがとうございます」
急に出ていけと言われたからか、律くんは消え入りそうだ。
もし俺が通りかからなければ、律くんはずっとあそこにいるつもりだったんだろうか。
「お金、持ってなかったの?」
「え? あ、あります。ごめんなさいっ! 俺、ネカフェに行きます。ただ、あそこでボーっとしてただけなんで。いつもいつもなんて迷惑ですもんね」
そう言って律くんは踵を返して、駅の方へと行こうとする。俺は慌ててその腕を掴んだ。怪我してないとも限らないから優しくだけど。
「違う違う。迷惑とかそんなのじゃなくて、いつもならすぐネカフェに行ってそうだから」
「あぁ、そっか。行っていいんですか? 迷惑ですよね。彼女も来るだろうし」
「迷惑なら声かけないよ。それに恋人はいないよ。それで、なんで公園にいたわけ?」
「あ、はい。ありがとうございます。なんだろう。出ていけって言ったときの賢人、あ、同居人のですけど、なんか今までとちょっと違って」
「いつもと様子が違ったの?」
「はい。なんだか出ていけって言うのが辛そうというか」
辛い? いつも暴力を振るっている方が? 辛いのは暴力を振るわれていたほうだろ、と思う。律くんの話しぶりからすると律くんは優しい性格のようだ。暴力振っている方のことをそんなふうに考えるなんて。
「なにかあったのかもしれないね」
暴力振るうのに、いつもと違うもなにもないだろうと思うけれど、そう言う訳にもいかず適当に答えた。それとも、いつもより暴力が酷かったのだろうか。それは後で湿布を貼るときにわかる。とにかく今は早く家に帰って、律くんの体を温めてあげてそれから湿布を貼ってあげよう。
彼の様子がどうこう言う話しは後だ。
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