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スーツ姿のタクミは格好いいと、マイは惚れぼれする。
どれだけ見ても、見飽きることなんてなくて胸がときめく。
ネクタイを結んであげて、マンションから送り出すのは、新妻みたいでテンションが上がる。
だけど歌って踊ることが日常からなくなったタクミは、しぼんでしまったみたいに見える。
慣れない就活に疲れているのかと、最初は思った。
だけど今やっていることが合っていないとかではなく、もっと根本にある、タクミの生きる力みたいなものが枯れていくように感じた。
「ミュージカル研究会に戻った方がいいんじゃないですか?」
マイは何度も言いたくなった。
だけど、実家の事情を知っている。
自分が卒業した後、すぐにでも結婚したいし、その時には安定した生活を送りたい。
だから、無責任なことは言えないと思った。
今の状態のタクミを見ているのが辛いからって、分かりやすい答えを選ぶのは違う気がする。
マイはぐっと我慢をした。
⁂
「俺、先輩に誘われたんだよね」
タクミがマイに言った。
タクミが1年生の時に4年生だった先輩。
マイと入れ替わりに卒業した先輩。
だからマイにとっては、よく知らない先輩。
見たことはある。
何度か稽古場に来ていて、その度によくタクミに声をかけていた。
だけどマイは話したことがない。
ミュージカル研究会を立ち上げた先輩だと、誰かが教えてくれた。
一から作ったなんて、凄い人だと思う。
遠い遠い存在の人だった。
その先輩が最近になって会社を辞めたらしく、自分のカンパニーを立ち上げることにしたらしい。
そしてタクミをスカウトした。
⁂
「マイはどう思う?」
タクミがマイに聞く。
自分の手の届かない、遠い所へ行ってしまうようで、マイは嫌だと思った。
頑張って自分が引っ張ってきた、タクミの就職活動が無駄になるのはなんだか惜しい。
新たに作るカンパニーが成長するまでには何年もかかるだろうし、うまくいかない可能性だって高い。
それだと、結婚は遠のくような気がする。
「実家は裏切れないですよね?私は就職した方が良いと思います」
ここで実家を出してくるのはズルいと分かっている。
だけどそれが一番、説得力があると思った。
「私のために就職して」が本心でも、それはマイには言えなかった。
「そうだよな。俺、先輩に断ってくるわ」
タクミは決めた。
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