ずっと輝くあなたでいて

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「ミュージカルって、文化系だと思ってました」 マイが拗ねたように言うと、タクミが笑った。 「歌って踊って、上演中、舞台に立ち続けるには体力がいるからね。さ、ランニングが終わったら筋トレするよ」 マイがウンザリした顔をすると、タクミは更に笑った。 ⁂ ミュージカル研究会に入るとすぐ、一目惚れの彼、タクミに再会できた。 マイと同じ学部で、1学年上の2年生だった。 大学生になったら運動をするつもりがなかったマイは、ミュージカル研究会が体育会系なことに驚いた。 基礎体力作りに、発声練習、そして演技と歌と踊りのレッスン。 高校生の時、バレー部で鍛えておいて良かったと思う。 あの厳しい練習に耐えた経験がなかったら、ついていけなかった。 ⁂ 「私、新歓祭りの時にタクミさんを見たから、ここに入ったんです」 初めてタクミと話した時、マイは開口一番に伝えた。 それはどうしても言っておきたかった。 高校生までのマイだったら、そんな告白のようなことはできなかったと思う。 (大学生って、それくらいストレートなアプローチをするものなんでしょ?) 大学生への勝手なイメージが、マイを大胆にさせた。 ⁂ マイは初心者であることを逆に武器にして、タクミに近づいた。 「私、今までミュージカルに興味がなかったから、一度も見たことないんです。最初に見る作品が大事だって聞いたんですけど、タクミさんは何を見たら良いと思いますか?」 「お腹から声を出す感覚が掴めないんですけど、どうしたらいいですか?」 「ワンルームマンションでも出来る自主練ってありますか?」 「踊っている時の身体のイメージって、どうやって作っていますか?」 尊敬するタクミに聞きたいことは、いっぱいあった。 ⁂ ある日、練習が終わった後、タクミの部屋で飲む話が持ち上がった。 もちろん、マイは手を上げる。 1年生から3年生まで、男女合わせて6人で飲むことに。 タクミの部屋が汚いという噂は聞いていた。 弟の部屋を思い出して、男の部屋なんて汚いのが普通だからとマイは思っていた。 だけど、タクミの部屋は予想を超えていた。 足の踏み場を作る所から始めるなんて、思わなかった。 ⁂ 「すごい所に住んでいるんですね」 蟻の行列を眺めながら、マイは言う。 どこかに砂糖のかたまりでも落ちているんだろうか? この部屋なら、落ちていても不思議はない。 夜中だというのに、蟻は一生懸命に働いている。 「今はキノコが生えてないからね、マシだよね」 タクミは平然としている。 ⁂ 深夜4時を回った。 マイとタクミ以外の4人は寝てしまった。 「適当に寝て」と言うタクミの言葉に、みんな遠慮なく床に落ちているものを雑に押しやって、自分が横になれるスペースを確保していた。 この部屋の床をナメクジが歩いていたこともあると聞いて、マイは起きていようと決めていた。 タクミは部屋に誰かが居ると落ち着かず、眠気が来ないらしかった。 ⁂ 「俺の地元ではさ、小学5年生になると合同音楽会ってのがあったの。市内の12の小学校の5年生が集まって、市民ホールで課題曲と自由曲を歌うの。別にコンクールとかじゃないよ、ただ歌うだけ。で、小5くらいってさ、真面目は格好悪いとか思い始める時期じゃん?あと、人前で歌うのは恥ずかしいとか。だから皆んな全然、練習しないわけ。先生はブチ切れてんだけど、それでも歌わないわけ。歌ってるのは、真面目な女子、ほんの数人だけっていう。 それで本番。俺らの学校は順番が一番最後だったから、他の学校の歌を全部、聴いてるわけよ。で、これが上手いの。みんな「合同音楽会とかダルい」とか言ってたくせに、他所の学校は上手いとなると、恥ずかしいとか、負けたくないとか、なっちゃうのね。全く知らないやつらなのに、ライバル心が芽生えちゃうみたいで。 で、どうなったかと言うと、今まで練習してこなかった男子が急に全力で歌うの。張り切っちゃって。でもさ、それが下手なのよ。ま、今まで練習してないんだから、当然だよね。音程も全然あってないの。で、これはヤバいってみんな気づくわけ。いつもより酷いって。で、なんとか取り戻そうとして、さらに全力で歌うの。もうね、どうしようもなかった。 終わった後さ、先生は怒らないわけ。一生懸命だった生徒を叱れないってのもあったと思うけど、そりゃあもう、みんなひどく落ち込んでてさ。俺はその時、思ったね。歌はちゃんと練習しようって」 タクミは明け方まで、何か昔のことを思い出すたび、ポツポツと語った。 マイは至福の時間を過ごした。
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