3人が本棚に入れています
本棚に追加
秋になると、ミュージカル研究会内でオーディションがあった。
次の公演の出演者を決める。
A4の紙が2枚、渡された。
1枚は楽譜、1枚は台本。
マイは必死でオーディションに備えた。
演じる「動き」には決まりがない。
個性を出さないといけない部分だ。
この曲を歌う時、この言葉を口に出す時、自然に出てくる動きは?
どう動けば、見ている人に気持ちが伝わる?
このセリフの中で、気持ちが入って声が大きくなる部分はどこ?
セリフとセリフの間の間隔はどのくらい取る?
何パターンでも考えることが出来たし、どれも正解に思えた。
演技プランが固まっても、練習する度にどこか変わってしまう。
安定して同じ演技ができない。
役の気持ちになりきれば、腹式呼吸を忘れている、動きが小さくなる。
普段の言い回しと違って、言いにくいと感じているセリフは、少し前になると身構えてしまうのが分かる。
次の歌詞、次のセリフを思い出すことに頭を使うと、役に没頭できない。
なんとか自分で納得できるものを作り上げるためには、必死になるしかなかった。
⁂
マイのオーディションは散々だった。
自分ひとりの場所で演じるのと、人に見せながら演じるのは全く違った。
練習はずっと一人でやっていた。
稽古場に居ても、みんな出来るだけ人のいない所にいって、一人で練習している。
壁に向かって演じている人も多い。
他の人の表現を盗み見するようなことはしたくないし、自分の役作りに影響も受けたくない。
同じ空間にいるのだから、その気になれば、見ることは出来る。
だけどライバルに敬意を払う意味で、みんなお互いを見ないようにし、自分の演技に集中していた。
⁂
審査をするのは脚本を書いた先輩と、作詞作曲をした先輩と、振り付けを考えた先輩と、総合演出の先輩と、舞台監督の先輩。
長机の前に置かれたパイプ椅子に、5人の先輩が座っていた。
5人と向かいあう形で、マイは一人、立っている。
まずは簡単な質疑応答から。
マイが答えると、先輩たちがボールペンで何かをメモしていく。
何を書かれているのか分からないのが不安になる。
ペン先が机に当たるカツカツという音が部屋に響くと、自分が値踏みされていると、強く意識させられた。
ものすごく練習したので、歌もセリフも体に入っていた。
だから飛ぶようなことはない。
だけど、覚えてきた文章を読み上げているだけだった。
気持ちが乗っていない。
暗記を早口で披露しているみたいで、言葉が上滑りしていくのを感じた。
一人の時は、集中できていたのに。
役になりきれていたのに。
演じていて、審査員の反応が気になってしまう。
いくら世界観を作り上げても、それを人前で再現するのは難しいことを、マイは初めて知った。
⁂
「ホラー映画ってさ、次々と人が死んでいくじゃん。あれって、要らない人から死んでいくんだよね。で、重要な人は残る。
俺、マイと居てね、マイは最後まで生き残るタイプの人だなあって感じるんだ」
審査結果を聞いて泣きじゃくるマイに、タクミが言った。
マイはオーディションでの演技がダメだっただけだと、思おうとしていた。
だけどミュージカル研究会に必要ないと言われた気がするし、人としての魅力がないと言われた気がしてしまう。
そんなマイに、タクミは思っていたことを話す。
ちょっと変わった慰めの言葉だとマイは思うけれど、タクミの気持ちは響いた。
泣いたまま少し笑ったマイの頭に、タクミがポンポンと手を置いた。
⁂
タクミはこのオーディションで、主役を勝ち取った。
最初のコメントを投稿しよう!