ずっと輝くあなたでいて

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秋になると、ミュージカル研究会内でオーディションがあった。 次の公演の出演者を決める。 A4の紙が2枚、渡された。 1枚は楽譜、1枚は台本。 マイは必死でオーディションに備えた。 演じる「動き」には決まりがない。 個性を出さないといけない部分だ。 この曲を歌う時、この言葉を口に出す時、自然に出てくる動きは? どう動けば、見ている人に気持ちが伝わる? このセリフの中で、気持ちが入って声が大きくなる部分はどこ? セリフとセリフの間の間隔はどのくらい取る? 何パターンでも考えることが出来たし、どれも正解に思えた。 演技プランが固まっても、練習する度にどこか変わってしまう。 安定して同じ演技ができない。 役の気持ちになりきれば、腹式呼吸を忘れている、動きが小さくなる。 普段の言い回しと違って、言いにくいと感じているセリフは、少し前になると身構えてしまうのが分かる。 次の歌詞、次のセリフを思い出すことに頭を使うと、役に没頭できない。 なんとか自分で納得できるものを作り上げるためには、必死になるしかなかった。 ⁂ マイのオーディションは散々だった。 自分ひとりの場所で演じるのと、人に見せながら演じるのは全く違った。 練習はずっと一人でやっていた。 稽古場に居ても、みんな出来るだけ人のいない所にいって、一人で練習している。 壁に向かって演じている人も多い。 他の人の表現を盗み見するようなことはしたくないし、自分の役作りに影響も受けたくない。 同じ空間にいるのだから、その気になれば、見ることは出来る。 だけどライバルに敬意を払う意味で、みんなお互いを見ないようにし、自分の演技に集中していた。 ⁂ 審査をするのは脚本を書いた先輩と、作詞作曲をした先輩と、振り付けを考えた先輩と、総合演出の先輩と、舞台監督の先輩。 長机の前に置かれたパイプ椅子に、5人の先輩が座っていた。 5人と向かいあう形で、マイは一人、立っている。 まずは簡単な質疑応答から。 マイが答えると、先輩たちがボールペンで何かをメモしていく。 何を書かれているのか分からないのが不安になる。 ペン先が机に当たるカツカツという音が部屋に響くと、自分が値踏みされていると、強く意識させられた。 ものすごく練習したので、歌もセリフも体に入っていた。 だから飛ぶようなことはない。 だけど、覚えてきた文章を読み上げているだけだった。 気持ちが乗っていない。 暗記を早口で披露しているみたいで、言葉が上滑りしていくのを感じた。 一人の時は、集中できていたのに。 役になりきれていたのに。 演じていて、審査員の反応が気になってしまう。 いくら世界観を作り上げても、それを人前で再現するのは難しいことを、マイは初めて知った。 ⁂ 「ホラー映画ってさ、次々と人が死んでいくじゃん。あれって、要らない人から死んでいくんだよね。で、重要な人は残る。 俺、マイと居てね、マイは最後まで生き残るタイプの人だなあって感じるんだ」 審査結果を聞いて泣きじゃくるマイに、タクミが言った。 マイはオーディションでの演技がダメだっただけだと、思おうとしていた。 だけどミュージカル研究会に必要ないと言われた気がするし、人としての魅力がないと言われた気がしてしまう。 そんなマイに、タクミは思っていたことを話す。 ちょっと変わった慰めの言葉だとマイは思うけれど、タクミの気持ちは響いた。 泣いたまま少し笑ったマイの頭に、タクミがポンポンと手を置いた。 ⁂ タクミはこのオーディションで、主役を勝ち取った。
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