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2年生になって、マイはミュージカル研究会をきっぱり辞めた。
春休みに期間限定のつもりでしたバイトが楽しく、そちらを続けることにした。
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公演の間、タクミはピリついていた。
主役として座組を引っ張っていくことに、プレッシャーを感じているのが見ていて分かる。
マイは、そんなタクミを支えたいと思った。
だけどタクミは一人になりたいと言った。
稽古場で毎日、顔を合わすものの、タクミと話す機会はなかった。
タクミが構ってくれなくても、浮気じゃないのは分かっている。
見ているだけで、苦しんでいるのが伝わってくる。
だけどマイは、放っておかれる寂しさの方を、強く感じずにはいられなかった。
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公演が終わると、お互いの部屋を訪れたり、デートをしたりショッピングしたり、また元通りの仲良しカップルに戻った。
舞台上のタクミに恋をしたのが始まりだったけれど、用事がなくても一緒にいて、たわいもないおしゃべりをする時間が、マイは愛おしくてたまらなくなっていた。
主役を張ったタクミは、ものすごく格好よかった。
だけど当日に裏方の仕事をしていたマイは、せっかくの本番で、その姿を正面から見ることができなかった。
(見たかった)とマイは心の底から思う。
公演が終わると、やっと手元にタクミが戻ってきたと感じた。
⁂
春休みになって、新歓祭りの準備が始まった。
野外ステージは色々な公認団体が出演する。
各団体の持ち時間は15分。
ミュージカル研究会は毎年、本公演を15分に縮めたダイジェストのような演目をやることにしている。
設置と撤収の時間がないので、舞台装置は組めない。
野外ステージに照明はないし、衣装と小道具は使い回しだし、音源もすでにある。
新歓祭りに向けて、役者陣と演出陣は稽古をしていたけれど、裏方は特にやることがなかった。
練習を見に行っても良かったけれど、寂しさを感じるだけだとマイは思った。
それだったらお小遣い稼ぎに、アルバイトをすることにした。
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近所の焼肉屋のキッチンのバイトは、思っていた以上に自分に向いていたとマイは思う。
一人前のお肉のグラム数は決まっていて、スケールで測る。
だけどマイは肉の塊を手で掴むと、それが何グラムなのか、すぐに分かるようになった。
ベテランのバイトじゃないと、なかなか出来ない技で、皆んなが出来るようになるものでもないらしい。
マイは一目置かれるようになった。
元々きっちりした性格のマイは、キッチンでの振る舞いが完璧だった。
店長に褒められると、バイト仲間の信頼が増すのが分かった。
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焼肉屋のバイトは指示が明確だった。
「冷蔵庫から肉を出して」
「野菜を切って」
「お皿を洗って」
手順をちゃんと教えてもらえる。
何をするべきか、すぐに分かる。
「気持ちが弾んでいるオーラを出して」
「あと5歳、大人っぽく」
「地面を揺らすつもりで歌って」
ミュージカル研究会の指示は、どうすれば良いのか分からないことが多い。
やってみても、本当にできているのか判断がつかない。
ダメ出しをされても、具体的な改善点がなかなか見つからない。
曖昧なものを曖昧なままでこなしていくより、成果がはっきりと分かるのは気持ちが良かった。
焼肉屋のキッチンは、混雑時には注文が溜まることもある。
だけどそれをテキパキと捌いて、オーダー伝票が減っていくのを見れば、自分がこなした仕事が実感できる。
バイトは、自分が役に立っているのが分かった。
感謝された。
必要とされていることを感じられた。
褒められると嬉しかった。
認められていると思うと、満たされる気持ちがあった。
春休みが終わっても続けて来て欲しいと店長に頼まれた時、マイもやめたくないと思った。
やりがいがあって、お金まで貰える。
ミュージカル研究会はやめて、その時間をバイトに充てたいと思った。
今のままで、公演で役がもらえるようになると思えない。
ものすごく努力したら、もしかしたら上達するのかもしれない。
だけどオーディションの前、めちゃくちゃ練習した。
あれ以上を求められても、何をすれば良いのか思いつかない。
死にもの狂いになってでも舞台に立ちたいのかと言えば、そこまでの気持ちはない。
昔からミュージカルが好きだったわけでもない。
舞台を目指す人たちの中にいて、表現を磨く努力をするのは当たり前で、自分も舞台に立ちたいと思い込んでいた部分があったように思う。
一生懸命にキッチンを回す人たちの中に居ると、キッチンを回すのが使命で、回ると楽しかった。
最初から裏方志望の子はいいけれど、オーディションに落ちたから裏方をやるのは、公演の準備期間中、ずっと惨めな気持ちが付き纏った。
タクミに「ミュージカル研究会を辞めようと思うんです」とLINEをすると、「新歓祭りの本番が終わったら話を聞くから」とだけ返ってきた。
それから何のコンタクトもなかった。
新学期が始まる前に、マイはバイトのレギュラーになると決めて、店長に伝えた。
新歓祭りが終わって、そのことを知ったタクミは、気まずそうな、申し訳なさそうな顔をしただけだった。
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