ずっと輝くあなたでいて

7/11
前へ
/11ページ
次へ
2年生になって、マイはミュージカル研究会をきっぱり辞めた。 春休みに期間限定のつもりでしたバイトが楽しく、そちらを続けることにした。 ⁂ 公演の間、タクミはピリついていた。 主役として座組を引っ張っていくことに、プレッシャーを感じているのが見ていて分かる。 マイは、そんなタクミを支えたいと思った。 だけどタクミは一人になりたいと言った。 稽古場で毎日、顔を合わすものの、タクミと話す機会はなかった。 タクミが構ってくれなくても、浮気じゃないのは分かっている。 見ているだけで、苦しんでいるのが伝わってくる。 だけどマイは、放っておかれる寂しさの方を、強く感じずにはいられなかった。 ⁂ 公演が終わると、お互いの部屋を訪れたり、デートをしたりショッピングしたり、また元通りの仲良しカップルに戻った。 舞台上のタクミに恋をしたのが始まりだったけれど、用事がなくても一緒にいて、たわいもないおしゃべりをする時間が、マイは愛おしくてたまらなくなっていた。 主役を張ったタクミは、ものすごく格好よかった。 だけど当日に裏方の仕事をしていたマイは、せっかくの本番で、その姿を正面から見ることができなかった。 (見たかった)とマイは心の底から思う。 公演が終わると、やっと手元にタクミが戻ってきたと感じた。 ⁂ 春休みになって、新歓祭りの準備が始まった。 野外ステージは色々な公認団体が出演する。 各団体の持ち時間は15分。 ミュージカル研究会は毎年、本公演を15分に縮めたダイジェストのような演目をやることにしている。 設置と撤収の時間がないので、舞台装置は組めない。 野外ステージに照明はないし、衣装と小道具は使い回しだし、音源もすでにある。 新歓祭りに向けて、役者陣と演出陣は稽古をしていたけれど、裏方は特にやることがなかった。 練習を見に行っても良かったけれど、寂しさを感じるだけだとマイは思った。 それだったらお小遣い稼ぎに、アルバイトをすることにした。 ⁂ 近所の焼肉屋のキッチンのバイトは、思っていた以上に自分に向いていたとマイは思う。 一人前のお肉のグラム数は決まっていて、スケールで測る。 だけどマイは肉の塊を手で掴むと、それが何グラムなのか、すぐに分かるようになった。 ベテランのバイトじゃないと、なかなか出来ない技で、皆んなが出来るようになるものでもないらしい。 マイは一目置かれるようになった。 元々きっちりした性格のマイは、キッチンでの振る舞いが完璧だった。 店長に褒められると、バイト仲間の信頼が増すのが分かった。 ⁂ 焼肉屋のバイトは指示が明確だった。 「冷蔵庫から肉を出して」 「野菜を切って」 「お皿を洗って」 手順をちゃんと教えてもらえる。 何をするべきか、すぐに分かる。 「気持ちが弾んでいるオーラを出して」 「あと5歳、大人っぽく」 「地面を揺らすつもりで歌って」 ミュージカル研究会の指示は、どうすれば良いのか分からないことが多い。 やってみても、本当にできているのか判断がつかない。 ダメ出しをされても、具体的な改善点がなかなか見つからない。 曖昧なものを曖昧なままでこなしていくより、成果がはっきりと分かるのは気持ちが良かった。 焼肉屋のキッチンは、混雑時には注文が溜まることもある。 だけどそれをテキパキと捌いて、オーダー伝票が減っていくのを見れば、自分がこなした仕事が実感できる。 バイトは、自分が役に立っているのが分かった。 感謝された。 必要とされていることを感じられた。 褒められると嬉しかった。 認められていると思うと、満たされる気持ちがあった。 春休みが終わっても続けて来て欲しいと店長に頼まれた時、マイもやめたくないと思った。 やりがいがあって、お金まで貰える。 ミュージカル研究会はやめて、その時間をバイトに充てたいと思った。 今のままで、公演で役がもらえるようになると思えない。 ものすごく努力したら、もしかしたら上達するのかもしれない。 だけどオーディションの前、めちゃくちゃ練習した。 あれ以上を求められても、何をすれば良いのか思いつかない。 死にもの狂いになってでも舞台に立ちたいのかと言えば、そこまでの気持ちはない。 昔からミュージカルが好きだったわけでもない。 舞台を目指す人たちの中にいて、表現を磨く努力をするのは当たり前で、自分も舞台に立ちたいと思い込んでいた部分があったように思う。 一生懸命にキッチンを回す人たちの中に居ると、キッチンを回すのが使命で、回ると楽しかった。 最初から裏方志望の子はいいけれど、オーディションに落ちたから裏方をやるのは、公演の準備期間中、ずっと惨めな気持ちが付き纏った。 タクミに「ミュージカル研究会を辞めようと思うんです」とLINEをすると、「新歓祭りの本番が終わったら話を聞くから」とだけ返ってきた。 それから何のコンタクトもなかった。 新学期が始まる前に、マイはバイトのレギュラーになると決めて、店長に伝えた。 新歓祭りが終わって、そのことを知ったタクミは、気まずそうな、申し訳なさそうな顔をしただけだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加