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3年生がインターンに行き始めた。
だけど、タクミは動く気配がなかった。
放っておくと恐ろしく怠惰な生活を送るタクミも、ミュージカルの稽古だけは手を抜かない。
(タクミさんは、そっちの道に進むのかな…)と、なんとなくマイは考えていた。
⁂
「就職するよ」
とタクミが言った時、マイはびっくりした。
いつも近くにいるので、就職活動を一切していないのはよく知っている。
就職する意志があるなんて、驚きだった。
「俺の実家ね、小さな工場なの。で、兄貴がいて、兄貴が継ぐことになってんの。兄貴は高校を卒業したら、工場で働き出した。兄貴が大学に行きたかったのかどうかは知らない。なんか、当たり前だったんだよね。工場を継ぐのに、大学なんて行く必要ないっていうのが。親も兄貴に聞かなかったし、兄貴も考えたことないんじゃないかな。『俺は大学に行きたいのか?』なんて。それくらい、ウチでは自然なことだった。
で、親父が『兄貴は工場があるからええが、タクミを仕事に就けるようにしてやらんといかん』って言い出して、俺を大学に入れてくれたの。ウチ、そんな儲かってるわけじゃないから、兄貴の分の給料を減らして、俺の学費を出してくれてんの。俺、就職するために大学に来てるからさ。就職しないとか、ありえない。俺がミュージカルをやるために、兄貴は少ない給料で我慢してくれてるわけじゃない」
マイは初めて聞く話だった。
タクミの本気を感じた。
「それに俺、マイとは結婚したいと思ってるから。売れないミュージカル俳優と結婚するのは、マイも不安でしょ?」
(それってプロポーズ?)
なんとなくしんみりとした所に、いきなり結婚なんて言葉を持ち出されて、マイは気持ちをどの方向に向ければ良いのか、困ってしまった。
⁂
卒業したら就職すると言うものの、タクミは動かなかった。
「やらなきゃいけないって、思ってるんだけどね」
と言うだけで、何もしなかった。
とてもタクミらしいと、マイは思った。
マイが腰を上げた。
見守っていても、タクミは動かない。
どうせ1年後には自分も通る道だ。
知識は無駄にならないはず。
マイは就職活動に関する情報を集め始めた。
「ここのサイトに登録すると良いらしいです」
「あそこがインターンの募集を始めました」
「就職課が対策講座をやるそうです」
ネットでのエントリーなど、本人じゃなくても出来ることはマイが請け負った。
マイが敷いたレールに乗って、タクミは少しだけ動き出した。
⁂
タクミは次の公演のオーディションは受けないと決断した。
本腰を入れて就職活動をすると、周囲に宣言した。
タクミはミュージカル研究会を引退した。
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