【第一部】第3章 不穏の再来④

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   * * *  ゆっくりと瞼を開く。此処は何処だと周りを見渡せば、見覚えのある部屋。此処は宿屋だ。宵闇は重い身体を起こして今の状況を整理する。 「俺は……嗚呼、倒れたのか」  激しい頭痛に襲われて倒れた。なのに、今宿屋にいるということは、あのとき助けてくれた青年がわざわざ此処まで運んできてくれたということか。親切な奴だ。 「……さっきのはまたナハトの……?」  今さっき見た夢はナハトの夢、ナハトの記憶なのだろうか。今回初めて彼の記憶の中に人が現れた。今まで声だけで人の姿は見られなかったのに見られたということは、よりナハトの記憶を鮮明に辿り始めているのか。もしそうだとしたら。 「ふざけるな。もう、これ以上干渉するなよ」  ベッドに拳を叩きつけて怒りをぶつける。だが、宵闇が望むのはナハトの目的を知ること。それはすなわちナハトを知る必要があるということだ。自身の言葉が矛盾していると果たして彼は気づいているのか。  深く息を吐き出すと幾分か心を落ち着いてきた。宵闇はベッドから下りようとしたとき、ある存在に気づく。ベッドの端でセーラが突っ伏した状態で眠っていた。 「……セーラ」  彼女を起こそうと手を伸ばす。だが、その手が彼女に触れることはなかった。見てしまったのだ、彼女の頬に涙の跡があることに。宵闇はセーラを泣かせるようなことをした覚えはない。だが、己が悪いような気がしていたたまれない気持ちになる。  居心地の悪さを感じた宵闇はセーラを起こさないようになるべく音を立てずに、部屋にあった紙とペンを手に取る。そして、一言書き置きを残して部屋を出て行った。  廊下の突き当たりにある階段を下りると青年の姿を見つける。背を向けて椅子に座る彼は、宵闇の存在に気づいていない。何故か青年の存在が気になった宵闇は足音を立てずにそっと青年に近づいた。 「俺に何か用か?」  青年が顔を宵闇に向けると同時に窓から光が差し込んだ。宵闇は息を呑む。その顔は夢に出てきた青年と同じであった。  黒い外套を身に纏い、青い瞳をした青年。彼の手には赤い液体の入ったグラスが握られている。 「お前は……」
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