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【第一部】第1章 宵闇の逢瀬④
* * *
あれは今から百年以上昔の話だ。
まだ煌夜が宵闇の従者になる前のこと。まだ彼らも幼かった、見た目は人間でいう十歳の子供くらい、実年齢は既に数十歳であるが。
あの頃はまだ食べる物の種類も少なくて今と比べるとかなり貧しかった。そして、何よりも彼らにとって重要な違いは、人間の数が今の半分にも満たなかったことということだ。
当時はまだ鬼と呼ばれることもなかった。だが、自分たちが周りとは違うということだけは分かっていた。この頃は今のように煌夜たちも隠れ住んではいない。人間が彼らを鬼と呼び、恐れて、拒絶するのは、この当時よりも数十年先の話だ。
人間同士で争うことが少なく、助け合うのが普通であった平穏な日々。そんなある日、宵闇はこう言ったのだ。
「人間は儚い、俺たちは強い……それは真か」
「は? そりゃオレたちのが人間よりも長く生きれるし、身体も丈夫だ。人間は簡単に死ぬ、儚い生き物だ」
煌夜は眉根を寄せてそう答えた。決して煌夜は人間が嫌いなわけではない。かといって好きでもなく、必要以上に人間とは関わらないでいた。
「確かに生きられる長さは俺たちのが長いけど、俺は嫌いじゃないよ、人間。儚い生き物だけど……だからこそ綺麗だと思う」
「……それ、結局人間が儚いってお前も認めてることになるじゃねぇか」
「ははは、確かにそうだ」
正直に言うと、この当時煌夜は宵闇が理解できなかった。まるで何処か別の世界でも見ているかのような雰囲気が彼にはあったせいかもしれない。
この宵闇とのやり取りの数日後、宵闇は腕から血を流した状態で帰ってきた。煌夜は最初目を疑った。怪我をする宵闇を彼は一度も見たことがなかった。怪我をしても治りが早いので、実際の怪我を見ることがないのだ。
「何が……あったんだよ……!」
「……ちょっと……人間庇ってきた」
軽い調子で笑いながら言う宵闇に煌夜は額を抑える。分からない、お前が何を考えているのか分からない、彼の頭はその言葉で一杯になった。
「人間は脆いから……守らないと」
ゾクッと背筋が凍る。何処までも冷たく、それでいて温かさを感じる声音。宵闇の金色の瞳がいつにも増して輝いて見える。
圧倒的な力強さと揺るぎなさ。気を抜けば平伏してしまいそうな圧力を感じる。
この瞬間に煌夜は悟った、一生宵闇には勝てないと。それと同時に守らなければという使命感に駆られた。我が身を犠牲にする宵闇を守らなければ。
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