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【第一部】第3章 不穏の再来⑥
* * *
宵闇の前から立ち去ったレクスはふらふらと目的もなく歩いていた。彼に会いたくなかった。自身の行いに、煌夜を殺めたという行為に後悔しているからではない。
彼に、宵闇に会うと不思議と憎悪が湧き上がってくるのだ。彼に何かされた覚えはない。彼と深く関わることすらなかったはずだ。
それなのに、憎いと感じる。消してしまいたいと感じる。
「彼に、宵闇という方に会ったのですか」
声が聞こえると同時に、前に障害物が現れる。
その場から逃げ出したいのに、足が金縛りにあったかのように動かない。
この人は、いや人と言って良いのかも分からない……レクスのような人ならざる者、吸血鬼や鬼と呼ばれる存在たちとも一線を画した雰囲気を漂わせている。
目の前の存在と視線を合わせれば、感情のない目がレクスに向けられていた。
そして、その頬には乾いた血が。
身に纏う黒い軍服にはあまり目立たないが、沢山の血がこびりついている。
レクスは目が良すぎることを悔やんだ。人間であれば、この暗がりの中で幾ら街灯の光や月明かりがあるとはいえ、この赤色を見ることはできないであろう。
「……その血は、セーラの?」
彼は何も答えなかった。それでもレクスにはそれが答えだと思った。セーラを殺したのは彼──クロなのだと理解してしまった。
一体彼女に何の罪があったというのか。
いや、たとえ何もなかったとしてもクロは殺していただろう。彼はそういう男だ。何の目的で動いているのかはレクスも知らない。
ただレクスを救ったのが彼なのだということしか、知らない。
「どうか、しましたか?」
「いや」
クロから目を逸らす。虚ろな瞳を見続けるのは気味が悪かった。それでも此処から逃げるには足が動かない。
目の前の障害物が消えた。
チラリと視線を動かすとクロが暗闇の中に消えて行った。
「……なぜ、俺を……助けた……」
小さな呟きは誰の耳にも届かない。脳裏には、クロと出会ったあの日の記憶が甦る。
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