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* * *
意識が浮上する。おもむろに手を持ち上げて顔の前に持ってくる。手を広げたり閉じたり、何度も繰り返すと意識がハッキリとしてきた。
「……生きてる」
静かな空間にレクスの声が響く。
胸に手を当てるが痛みを感じない。傷が何処にもない。
おかしい……あの傷で生き延びることができたというのか。その可能性は限りなく低かったはずなのに。
憎たらしいくらいに悪運が強いようだ。
起き上がって周囲を確認すると、見知らぬ部屋だった。ベッドと机、椅子があるだけで他に何も置かれていない。
いや、机の上に一本の短剣が置かれている。
「あれは……俺の……」
あの短剣はレクスのものだ。レクスが煌夜を刺すときに使った短剣。そっとベッドから下りて、鞘から短剣を引き抜く。
血は何処にもついていない。
誰かが拭き取ったのだ。
「起きたんですね」
突然聞こえた声に驚いて、手から短剣が落ちる。さっきまで誰もいなかった。ドアが開いた音もしなかったはずだ。
いや、気づかなかっただけだろう。もし開いていなかったとしたら、この声の主は壁をすり抜けたことになる。そんな馬鹿げた話があるわけがない。
ゆっくりと声の主に視線を向ける。
黒い軍服。緩やかなウェーブがかかった長い黒髪。光のない黒い右目と、髪に隠された左目。全体的に黒という印象を抱かせる青年。
何処となく宵闇と似ているようにも感じられなくはないが、髪色が同じだからそう見えるだけだろう。
「お前が、俺を助けたのか」
「ええ、そうですね」
ドアの近くに立っていた青年はコツコツと音を立てながら歩き、椅子に腰掛けた。
レクスは彼の一挙一動を見逃さないように只々見つめる。
「十日も眠っていたんですよ」
一つ情報が増えた。あの日から十日が既に経っている。どおりで傷が跡形もなく消えているわけだ。運良く死ななかったのなら、傷は放っておいても治る。人ではない身のレクスなら、十日もあれば傷は完全に癒える。
「運が良かったですね。あと少し刺し傷がずれていたら、きっと死んでいましたよ」
「お前は、誰だ」
「俺はクロと言います」
警戒もせずに堂々と名乗るクロに畏怖の念を感じる。
何のためにわざわざレクスを助けたのか。
どうやって助けたのか。
此処は何処なのか。
疑問はいくらでも浮かび上がる。全てぶつけたところで一体どれほどの情報を得られるか。
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