【第一部】第3章 不穏の再来⑥

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   * * *  意識が浮上する。おもむろに手を持ち上げて顔の前に持ってくる。手を広げたり閉じたり、何度も繰り返すと意識がハッキリとしてきた。 「……生きてる」  静かな空間にレクスの声が響く。  胸に手を当てるが痛みを感じない。傷が何処にもない。  おかしい……あの傷で生き延びることができたというのか。その可能性は限りなく低かったはずなのに。  憎たらしいくらいに悪運が強いようだ。  起き上がって周囲を確認すると、見知らぬ部屋だった。ベッドと机、椅子があるだけで他に何も置かれていない。  いや、机の上に一本の短剣が置かれている。 「あれは……俺の……」  あの短剣はレクスのものだ。レクスが煌夜を刺すときに使った短剣。そっとベッドから下りて、鞘から短剣を引き抜く。  血は何処にもついていない。  誰かが拭き取ったのだ。 「起きたんですね」  突然聞こえた声に驚いて、手から短剣が落ちる。さっきまで誰もいなかった。ドアが開いた音もしなかったはずだ。  いや、気づかなかっただけだろう。もし開いていなかったとしたら、この声の主は壁をすり抜けたことになる。そんな馬鹿げた話があるわけがない。  ゆっくりと声の主に視線を向ける。  黒い軍服。緩やかなウェーブがかかった長い黒髪。光のない黒い右目と、髪に隠された左目。全体的に黒という印象を抱かせる青年。  何処となく宵闇と似ているようにも感じられなくはないが、髪色が同じだからそう見えるだけだろう。 「お前が、俺を助けたのか」 「ええ、そうですね」  ドアの近くに立っていた青年はコツコツと音を立てながら歩き、椅子に腰掛けた。  レクスは彼の一挙一動を見逃さないように只々見つめる。 「十日も眠っていたんですよ」  一つ情報が増えた。あの日から十日が既に経っている。どおりで傷が跡形もなく消えているわけだ。運良く死ななかったのなら、傷は放っておいても治る。人ではない身のレクスなら、十日もあれば傷は完全に癒える。 「運が良かったですね。あと少し刺し傷がずれていたら、きっと死んでいましたよ」 「お前は、誰だ」 「俺はクロと言います」  警戒もせずに堂々と名乗るクロに畏怖の念を感じる。  何のためにわざわざレクスを助けたのか。  どうやって助けたのか。  此処は何処なのか。  疑問はいくらでも浮かび上がる。全てぶつけたところで一体どれほどの情報を得られるか。
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