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「一体何があったのですか、あんな傷を負う機会なんて早々ないですよ」
「それを俺が答える必要があるのか」
見知らぬ他人にそう簡単に話すわけがない。大体何から話せば良いのだ。
宵闇に殺されるはずだったことか。そんなの話したところでクロには何の価値もない話だろうに。
「そうですね……既に君が、宵闇という子に殺されそうになったことを知っているからね、何も君から聞かなくても問題ないですね」
クロの言葉が終わる頃には、彼の喉元に短剣が突きつけられていた。その柄を握るのは当然レクスだ。血走った目でクロを睨む。
レクスは宵闇の名が出た時点で床に落ちた短剣を拾い上げ、動きを止めることなく勢いをつけたままクロに突きつけたのだ。
ほんの少しでも止めるのが遅ければ、その短剣はクロの喉元に突き刺さっただろう。
「怖いですか。でも安心して下さい。俺は君を殺すつもりはありません」
視点が合っているのか分からない虚ろな瞳がレクスに向けられる。
底のない闇のような暗さを持つその目に、短剣を持つ手が無意識のうちに震える。
突然震えが止まった。
違う。何かが短剣の動きを止めたのだ。
「だけど、君がもし宵闇に仕返しするつもりなら、俺は君の存在を認められません。消えてもらいます」
背筋が凍る。
短剣の刃はクロの手に握られている。素手で。血が出るのもお構いなしに力強く握られていた。
恐怖を感じる。力を失い、柄から手が外れていく。
クロは短剣から手を離して、血が流れる自身の手のひらを眺める。
「動けるなら、好きに出て行って構いませんよ。ああ、ちなみにここは森の奥にある小屋です。外に出て真っ直ぐ行けば、森を抜けられます。そこまで行けば、君の知っている場所だろうから、何処へなりとも行って下さい」
その言葉を聞き終えた瞬間に、レクスは小屋を出て行った。それから彼がクロと再会するのは幾日も後の話だ。
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