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「殺した覚えなんてないんだけど……!」
力任せに刀を押し返す。少女はうわっと悲鳴を上げて尻もちをついた。刀を受け止めた時点で宵闇にはこの少女が素人だと分かっていた。
少女のいう仲間とやらが誰のことだが全くもって検討もつかない。おそらくただの人違いであろう。宵闇が誰かを殺したことはそもそもない。一人だけ、レクスは殺してしまったと思っていたが、生きているのを最近確認したばかりだ。
「ただの人違いだ」
「……ち、違うのか……そうか、悪かったな……」
少女は立ち上がってふらふらと歩いていく。
あまりの潔さに宵闇もジオも一瞬固まる。
「ちょっと、待て」
「何だ」
いち早く我に返ったジオが少女を引き止める。酷く沈んだ顔で彼女は足を止め、振り返った。ほんの少し前の憎悪に満ちた顔との違いに驚かざるを得ない。一体彼女は何をしたいのか分からない。
「何で、宵闇……こいつがお前の仲間を殺したって思ったんだ?」
「黒くて癖っ毛の長髪の奴が仲間を殺したって、他の仲間に聞いたから……目も黒かったらしいけど、暗いときの話だし……見間違いでもおかしくないかなって」
目撃情報が曖昧すぎる。癖っ毛で長い黒髪の人など何人もいるだろう。そんな曖昧な情報で少女は犯人を探しているというのか。それでは見つけ出すことなどできるとは思えない。
「考えてみたら、仲間殺されたの、もう三十年くらい前だもんな……お兄さんじゃ、若すぎる」
三十年くらい前。宵闇は目を見開く。まさか、その仲間というのは。
「なあ、その仲間の名前は」
「ん? 日菜さんっていうらしいよ。あたしは会ったことないけど……あたしの一座に昔いた人ってお姉さん方が言ってた」
まさか此処で日菜の関係者に出会うとは思いもしなかった。直接の知り合いではないようだが。彼女の言っていることが正しいければ、癖っ毛で長い黒髪の人が日菜を殺したということになる。いや、それを知ったところで何にもならない。日菜を殺した人とナハトは何も関係ないだろう。
「なあ。もう行ってもいい?」
「……ああ、けどもう犯人探しはやめとけよ。片っ端から襲いかかってたらいつかお前が死ぬぞ」
ジオの言葉に少女はコクリと頷き、何処かへ走り去っていった。袖が引っ張られる感じがして、何だと宵闇に視線を向ける。
「こっち」
そう一言言うと宵闇は走り出した。先程の少女とのやり取りで大分一目を集めてしまった。彼ならこの辺に詳しいだろうから、一目につかない場所とかも知っているのだろうと思い、ジオは大人しく宵闇のあとについていく。
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