【第一部】第4章 怒涛の悲劇②

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   * * *  勢いよく飛び起きる。心臓がドクン、ドクンと脈打つ。  荒い息づかいが辺りに響く。強く握り締められた拳が微かに震えている。  嗚呼、気づいてしまった。分かってしまった。理解してしまった。 「……俺が、ナハトだったんだ……」  乾いた笑い声が静寂な空間に不気味に響き渡る。  ナハトの記憶。ナハトと同調。何を馬鹿なことを言っていたのだ。  全て彼自身の記憶──忘れていたものを思い出そうとしていただけ。  日菜はナハトの大事な存在でも何でもなかったのだ。ただ彼女の容姿がナハトの大事な存在……名前はまだ思い出せないが、その人と似ていただけ。いや、瓜二つだっただけなのだ。  だから、日菜を失ったときと、セーラを失ったときでは、抱いた悲しみの強さが違かった。 「ははは、はははは……あはははははは!」  狂ったように嗤い続ける。足音を耳にして、鈍い動きで振り返る。 「何て顔してんだよ」  肩を竦めてジオが宵闇に近づく。 「嗚呼、ジオか……俺は……俺はナハトだったんだ……お前と初めて会ったときのこと思い出した……あの瓦礫のあった場所で」 「それがお前の望みか」  冷たい声が宵闇の言葉を遮った。  望み。一体ジオは何が言いたいのだ。望みも何も、ただ真実を述べただけだ。宵闇はナハトであった……それは変えようのない事実だ。 「……俺は、ただ事実を」 「俺はお前と一緒に過ごした覚えなんてねぇよ」  怒りに満ちた声でジオが怒鳴る。  間違えなくお前と過ごしたのは俺なのだ、姿形が違うだけで、そう口にしたいのにできない。鬼気迫るジオが恐ろしいから……いや違う。  そんな理由ではないと分かっていても、ナハトであったという事実を否定しようがないと宵闇の頭が言っているのだ。 「ナハトとお前が何か関係あんのかもしれねぇけど……だけど、お前が生まれたのは! 百五十年前だと言ってただろ! 俺がナハトと一緒にいたのはそれよりももっと前の話だ」  ジオは全てを知らないから、そう言えるのだ。ナハトは神。人ではなし得ないことをやれたとしてもおかしくないだろう。  そこで宵闇は気がついた。  もしも、もしも宵闇がナハトだと思うこと自体が、ナハトの思惑だったとしたら。  そうナハトは神で、宵闇には到底勝てる相手でもなくて。  どうしたら、全てを終わらせるのか。それは、ナハトの身体を捨てれば良いのだ。どうやったら捨てられるのかは分からない。  けれど、彼の身体を手に入れた湖に行けば、湖に沈めば返せるのではないだろうか。可能性は低いかもしれない。死の直前にしか見られないと思われる湖を探すこと自体、できるのかも分からない。それでも一縷の希望に縋りたい。
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