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「なあ宵闇」
「ん? どうした」
宵闇は腕を捲り傷口を眺めて、血で汚れているが既に塞がっているのに気づいた。血を洗い流そうと桶に溜めてあった水に手を伸ばす。
「俺を、従者にしないか?」
「……は?」
水に手が触れる直前に信じられない言葉を耳にして、あからさまに嫌そうな顔をしながら煌夜の方に振り返った。
「俺は従者なんていらない。どうしても俺を主としたいなら、跪いて俺が求める忠誠を誓え」
咄嗟に出てきた言葉は拒絶と威圧を含んだものだった。只々従者なんて願い下げだという意味を込めて突き放すために出てきた言葉のはずだが、深く考えずに発したせいで我ながら今すぐに撤回したいと願うような恥ずかしいものである。
しかし、煌夜には宵闇が絶対的な支配者に見えた。そして、宵闇が求める忠誠とは一体何なのか、彼との生活を思い返す。彼が求めるのは、具体的な忠誠ではない、そもそもそれ以前の問題ではないのか……宵闇が誰かが跪くことを望んだりはしない。
「お前が望む答えを言えたら従者にしてくれるんだろ? 主に対して跪くのに抵抗があるわけじゃないが、跪いた時点でお前の求める忠誠じゃなくなる。跪くのとお前が求める忠誠を誓うの、一体どっちを優先させればいい?」
答えを返されるとは思ってもいなかった宵闇は返答に詰まる。確かに煌夜の答えは間違っていない。宵闇がもしも先程の問いに本気で答えを求めていたとしたら、間違いなく今の答えは正しいのだが、初めから従者にする気など毛頭ない。きっぱりと断ってしまいたいが、あまりにも真剣な眼差しで見つめてくる煌夜に心が揺らぐ。此処まで正確に望む答えを言う彼ならば、例え従者にしても鬱陶しくないのではないかと思ってしまう。
「……はあ、分かった。お前を従者にする」
こうして結局宵闇の方が先に折れて、煌夜を従者にした。偶々煌夜が宵闇に畏怖の念を感じ、偶々宵闇が要らぬ発言をしたら煌夜が絶妙な答えを捻り出した。
偶然が重なって生まれた主従。
彼らは互いにどんな思いを抱えて主従となったのか知らない。だが、思った以上に主従関係もお互い居心地が良くて、何だかんだ言っても上手くいっている。ただ単に煌夜が宵闇の世話を焼いているだけではあるが。
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