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ゆらゆらと意識が浮上する。此処は何処だ。起き上がろうとすると鋭い痛みが走った。まだ死んでいなかったのか。先程の記憶はこの傷を負った原因のもの、まるで走馬灯のようだ。宵闇は痛む身体を無理やり起こして、辺りを見渡すと視界の端に湖が映った。予想だにしない光景に、思わず目を擦り、恐る恐る視線を右へと移す。そこにはやはり湖があった。今まで何度もこの森に入っているのに、湖など見たことがない。
まさか意識を飛ばしている間に拐かされたのだろうか。ぼんやりとした頭で状況を整理しようにも上手く思考が働かない。
「ん?」
湖の水面が一瞬だが光を発しているように見えた。
血の流しすぎでついに目がおかしくなったかと、宵闇は顔を引き攣らせて笑う。これほど血を流してもなお、彼が意識を保っているのは……彼が人ではないからだ。
この国の人たちに言わせれば宵闇は鬼という存在らしい。長い年月を生きている彼自身、己を何と称すれば良いのか分からない。その土地、その土地で異なる呼ばれ方をするのにもう慣れている。
様々な土地を移動している宵闇は、今自身がいるこの国の名を覚えていない。漢字二文字の国名だった気がする、その程度しか分からない。知らぬところで何の苦労もしない。
「……煌夜、のやつは、わざわざ……覚えている、んだったな……」
先程宵闇に声をかけた煌夜も、彼同様鬼と呼ばれる存在だ。煌夜とはどれほどの年月を共に過ごしたのか。その年月はあまりにも長すぎて、あまりにも自然に一緒にいすぎて、分からない。
煌夜は宵闇の従者故か、元来の性格故か、わざわざ必要のないことまできちんと記憶している。あまりそれが役に立ったことはないのだが。
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