【第一部】第1章 宵闇の逢瀬①

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「それに、しても……はは、まさか……俺が死ぬ日が来るとはな……」  乾いた笑い声が、音のない森に響き渡る。悲観するわけでもなく、只々己の状態を再確認しているだけ。彼らは人ではないが不死身ではない。死ぬときは死ぬ。傷の治りは早いが、傷を負いすぎれば死ぬのだ。  同族たちの死は何度か見てきた。人ではない我らにも死があるのだということを理解はしていた。だが、受け入れるにはあまりにも長く生き続けてしまっていた。死を望みはしないが、どう足掻いても生きながらえることは無理だと既に分かっている。 「……死にそうで……なかなか、死なないな……どうせ死ぬなら、さっさと死んでしまえばいいのに……」  足に力を入れて立ち上がる。血が流れ出るのに構わず湖の方へ足を進めた。そこに向かおうとしたことに意味はない。何歩も進まないうちに力尽きて、崩れるように膝をついた。ぼやける視界に水面が見える。ちょうど湖の縁に座り込んだようだ。長い黒髪がそっと地面に垂れる。重い瞼に力を入れて無理やり開くと、水面をはっきりと視界に捉えた。 「……は? 何だ、これは……人?」  湖の中に人が沈んでいた。  いや違う、これは人の形をした何か、だ。  こんなところに人が沈んでいる可能性は限りなく低い。この森は鬼が所有する場所だ、人間が容易に入って来られる場所ではない。それに、彼にはこの沈んだ物体が人のように感じられなかった。それらが、彼が人の形をした何かと表現した理由だ。  宵闇は動くことを拒否する身体を気力で動かして、湖の縁に手をつく。中を覗き込むとより鮮明にその人の形をしたモノが目に映った。最初は女性かと思ったが、よく見れば男性のようだ。  水の中に広がった黒に近い青色の髪、少し日に焼けたような肌。表情は穏やかに眠っているような感じだ。服は腰のあたりで紐……確か何処かの地でベルトと呼ばれていたもので留められており、見た感じ動きやすそうな格好をしている。
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