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宵闇はこの人の形をしたモノの正体が気になった。どのみちもうすぐ死ぬ身だが、心残りがあるまま死ぬのも気に食わない。まだかろうじて動かせる身体を、痛みに顔をしかめながらもゆっくりと動かし、湖の中に入っていった。身体に幾つもある深い傷口に水が沁みて痛みがさらに増す。
彼の周辺にある水だけが赤く染まっていく。それほどに彼の身体から血が流れ出ているのだ。彼が人であったなら今頃は既に死んでいるに違いない。人の形をしたモノに向かっているはずだが、中々それに触れることができなかった。上から見たときは分からなかったが、思った以上にこの湖は深いようだ。
出血しすぎて意識が朦朧とする中、宵闇は必死に手を伸ばす。指先がほんの僅かに人の形をしたモノに手を触れると、何かがドッと流れ込んでいくのを感じた。
「何が……起きているんだ……」
水の中にもかかわらず普通に言葉を話せることに違和感を抱くほどの余裕は彼にはなかった。出血が激しい。水中故に痛みは増している。いくら宵闇といえども、気を抜けば意識を持っていかれる。
〝どうして〟
誰かの声が聞こえる。震えた声だ。何かに怯えている。
〝すまない、──〟
誰かに向かって謝罪している。悲痛な声が何度も何度も謝り続ける。
強い、強い後悔の念が押し寄せてくる。どうして、すまない、その言葉が繰り返し再生され続ける。
〝う、ああ、あああああああああ!〟
強い、強い哀しみが襲いかかる。悲痛な叫びが耳にこびりついて離れない。
やめてくれ、誰なんだ、何がそんなに悲しいんだ。宵闇は何処からか流れてくる言葉に怒りを覚えた。早く此処から去らなければ、と思っているのに身体が動かない。もう限界だった。身体を動かす力がもう残っていない。
後悔の念と哀しみに、意識が呑まれてゆく。
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