【第一部】第1章 宵闇の逢瀬①

6/7
前へ
/331ページ
次へ
   * * *  苦しい、息ができない。身体がふわりと上がっていく。 「ぶはっ……ごほごほ、はあ、はあ、はあ」  水面から顔を出した宵闇は勢いよく水を吐き出して、息を整える。一体何だったんだ、さっきのは……彼の脳裏をそのことだけが支配した。  息が整ったところで湖から上がり、そこで初めて傷の痛みがなくなっていることに気づく。まさかあの湖は傷を癒すものだったのかと自分の身体を見る。 「……は? どうなっているんだ」  見覚えのない服に目を丸くする。水の中に入ったはずなのに服も身体も全く濡れていない。身体の作りも自分のものとは違っていた。この服は何処かで見た覚えがあると記憶を遡り、その正体を見つける。この服はあの湖に沈んでいたモノが身につけていた。 「待てよ、この身体……もしかして神か」  人ならざる宵闇だからこそ察した、この身体は神のものだと。だが、神の身体に入るなど誰が想像できただろうか。入れるということは、この身体の持ち主は死んでいない、何らかの事情で精神……あるいは魂と呼んだ方が良いのかもしれないが、兎も角持ち主の意識の方が身体に戻れなくなっているということだ。 「何か厄介事に巻き込まれた予感がする……」  宵闇は今になってようやく事の重大さを理解した。ただの好奇心で湖に沈むモノに近づいた結果がこれだ。死に際故の大胆な行為が、これほど大きな厄介事を連れてくるとは誰が想像できたか。我ながら迂闊なことをしたと溜息をついたところで状況は何も変わらない。立ち上がって地面を見ると赤い道があった。それは彼が死にかけたのは夢ではないことを示している。
/331ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加