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「一つだけ聞いて良いか」
「えっと、何ですか?」
何を聞かれるのだろうかと身構える。あまり口数が多くないように見える青年がわざわざ訊ねたいこととは一体何なのであろうか。
「名前、何だ」
「……セーラですけど」
名前を教えたところで今度会う機会があるのかさえ定かでないのに、何故そんなことを聞くのだと、セーラは僅かばかり不思議に思った。当然の如くセーラには青年との接点など一つもない、今さっき会ったばかりの他人だ。
「……いや、そいつの名」
青年はベッドで眠る宵闇を指差した。なら、初めからそう聞いてくれ、と思わずセーラは突っ込んだ。どう見ても今のは宵闇の名前を訊ねている感じではなかっただろう、という言葉は彼女の胸のうちに留めておいた。
「その方は宵闇、と言いますが」
彼とどんな関係ですか、と言葉を続けようとしたが無理やり押し留めた。名前を知らないのなら、関係も何もないではないか。セーラは青年が宵闇と出会った経緯を全く知らないが元から知り合いであった様子ではない。なら、何があったかはともかく偶然倒れている宵闇と遭遇して此処まで来たと考えるのが普通だ。
「宵闇か……そうか、変なこと聞いて悪かったな」
青年は今度こそ部屋から出て行こうとドアに手を掛けたところで、何かを思い出したかのように振り返った。
「俺は、ジオだ」
それだけ言うと青年、もといジオは部屋から出て行った。
最初は怖い人だと思ったが、どうやら違ったようだ。セーラの中でジオの印象は変わった。ぶっきらぼうだけど優しい人。セーラが名乗ったから彼はわざわざ名乗っていったのだろう。この先再び会う可能性などないに等しいというのに。
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