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荷車にアスターは腰掛け、空を仰ぐ。雲ひとつない青空。清々しいほどの青さに彼は苛立った。怒りの対象が本来なら何であるのか分かっているのに、知らないふりをする。
「はあ……」
深い溜息をつく。この荷車には旅芸人が使う道具や衣装が積まれている。このまま此処に座り続けていれば、一座の人たちと共に行くことになる。
「なぜ貴方がここに?」
嫌悪感をあらわにした青年が問いかける。褐色の肌に、右目に黒い眼帯をした彼の名はライ。一座の座長の娘であるチハの従者を務める青年だ。
「俺がここにいちゃ悪い?」
「私は貴方が嫌いなので消えてくれたら嬉しいですね。貴方だって私たちといるのは嫌なのでしょう」
少し大きめの目を細めながらライはアスターの隣に腰掛けた。嫌いだと言いつつも突き放せないのは彼の甘さ。
「チハの舞って、そんなに凄い?」
「お嬢さんの? 一座で一番ですよ。貴方、そんなことも知らないんですか」
呆れた声で言うライに、アスターは言葉を詰まらせる。彼の言うとおりだ。アスターは一座とともに旅をしているが、扱いとしては客人扱いだ。一座のことなどほとんど分からない、関わろうともしない。彼らが芸を披露する間はフラフラと周りをうろついて時間を潰し、旅立つ頃には戻って来る。そんな生活をしている。
「すみません」
目の前に影が落ちる。何事だと二人が視線を上げると、そこには一人の少女がいた。深い緑色をしたフード付きのマントを羽織り、黒い瞳に艶のある長い黒髪。彼女から一瞬で惹き込まれる美しさを感じた。
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