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* * *
ベッドに向かって倒れてゆくセーラを青年は感情のない目で黙って見つめる。ドサッと音がして彼女はベッドに横たわった。無造作に胸から短剣を引き抜くと、血が溢れ出る。シーツが赤く染まっていく。
「殺してしまったの?」
女の声が響く。振り返らずとも青年には彼女の正体が分かった。声を押し殺すことなく喋る彼女を叱るつもりなどない。そんなことをせずとも、誰もこの場で起きていることに気づかないのだから。
「……フィーネ」
「ねぇ、クロ。どうして殺してしまったの? 彼女は無関係なのに」
フィーネは青年──クロに近づき、彼の首に腕を回した。端から見ればまるで恋人同士のようだが、彼らの目の前にあるのはセーラの死体、いやまだ僅かだが息がある。しかし、どうしてと問いかけるフィーネにもセーラを救おうとする素振りは見られない。
「火種は、全て無くさないといけません」
「馬鹿だね、クロは。そんなことしても……もう遅いのに」
クロの耳元で囁きかける。彼は鬱陶しそうにフィーネの腕を払いのけて振り返った。緑色のマントに身を包んだフィーネが妖しげな笑みを浮かべている。
「俺の邪魔をする気?」
丁寧語になったり、ならなかったり……クロの言葉は不安定だ。その様子を見てフィーネは笑みを深くする。彼にとって彼女は邪魔な存在でしかない。けれど、彼に彼女を手に掛けることはできない。
「まさか。好きにすればいいわ。だって私は、あなたが愛しいもの。邪魔なんてする気はないわ」
愛しいと言われた瞬間に鳥肌が立った。何をふざけたこと言っている。愛しいなど、本気で思っているわけではあるまい。彼女の目に映るのはたった一人しかいない。それが誰であるのか、クロとて知っている。
第一、フィーネに良い感情を抱いていないクロにとって、彼女に愛されることは嬉しいどころか嫌悪感すら覚える。
「なら、煌夜が死んだのは偶然?」
煌夜は宵闇を支えてきた存在だ……彼がいれば宵闇が真相に気づく可能性を低められたかもしれないのに、彼は亡くなってしまった。それはただの偶然か、あるいは。
「ああ、彼……彼は私の存在を感じて、あんなことしちゃったみたい。けど、私は彼を殺す気はなかったわ」
頬に手を当てフィーネは考える素振りをする。煌夜が彼女の存在を感じたというのが本当ならば、彼女は煌夜に乗り移る気だったのだろう。
早々に気づいて死を選んだのは良かった。フィーネが煌夜の身体を操るようになっていたとしたら、悲劇にしかならない……もう宵闇から真相を遠ざける術などなくなっていたに違いないのだから。
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