【第一部】第3章 不穏の再来④

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「でも、かわいそうね。ただ私のこの姿とそっくりだった少女の、生まれ変わりというだけで殺されるなんて」 「可哀想? 心にもないことを言わないで下さい。……そんなこと、欠片も思ってないくせに」  手に持っていた短剣を床に投げ捨てる。頬についた血を乱暴に手の甲で拭う。フィーネはクロに手を伸ばし、優しい手つきで彼の頬に触れた。本当に端から見ればロマンチックな場面だろう。その傍に血溜まりがなければ、そしてクロが血塗れでなければ、の話だが。 「そんな酷いこと言わないでよ。かわいそうなものはかわいそうじゃない。私と、彼女、いいえ〝彼女たち〟は無関係なのよ。なのに、あなたは二人とも殺しちゃったじゃない。これがかわいそうでないとでも?」  ああ、本当に憎たらしい女だ。彼女はクロが殺したのがセーラだけではないと知っているのだ。知った上で煽っている。  長い黒髪に澄んだ黒い瞳……三十年程前に彼が殺めた少女と瓜二つのフィーネ。  だが、あの少女はフィーネのように不気味な笑みを浮かべるような娘ではなかった。太陽のような明るい笑顔をした少女であった──フィーネとは似ても似つかない可愛らしい少女。フィーネも顔立ちはほぼ一緒、黙っていれば可愛い。  可哀想、可哀想と口では言っていても、実際にはそんなこと本気で思ってなどいないだろうに。思っているのなら、来た時点でセーラを医者にでも連れて行くべきだ。そうすればもしかしたら助かったかもしれないのに。  クロはチラリとセーラを一瞥する。もう息絶えてしまっただろうか。殺めてしまったことを後悔していないと言えば嘘になる。だからと言って止める気は更々なかった。分かっている……彼女が無関係だと、最早手遅れだと、分かっている。 「本当に馬鹿だね。けど、ここで死ななくてもどのみち近いうちに、みんな死んじゃうもんね」  世間話をするかのように軽く告げられた言葉。それはクロの胸に突き刺さる。そう火種を一つ消したくらいではもうどうにもならないのだ。  世界は、壊れてゆくしか道が残されていない。  それでも彼は火種となるものを全て消していく。たとえそれが無駄な行為だとしても、あるのかも分からない希望に縋りつく。
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