わたしの推しが死んだ日

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『SONGステーション』は週1回地上波で放送されている人気音楽番組で、グループ結成時から「死ぬまでには絶対出たいね!」と目標にしていた番組だった。  もちろんドールズ単体ではなく「地下アイドル詰め合わせ」というくくりで、グループ8組合同で平成レジェンドアイドルのヒットソングメドレーを歌い継ぐという企画での出演だ。  中でもドールズは無名なので30秒映るかどうかも怪しい構成だったが、快挙には違いなかった。  今のドールズはリリカと円のコンビが受けて、人気が爆進している。  Wセンターに移行する計画もあり、実現すれば更にファンが増えるかもしれない。配信限定だがアニメの主題歌も決まったところだ。メジャーデビューの話も順調に進んでおり、地上に顔を出す日も近づいていた。  そっと夜乃の顔を盗み見る。  自分がグループから抜けた後に憧れのSステ出演やメジャーデビューの話が決まりかけていると知って、悔しくないのだろうか……?  だが夜乃は、私の視線に気づいても、すごい、みんな頑張ってるんだねー、と背中を丸めて微笑んでいるだけだった。  うん、とゆっくり頷く。 「わたしも、みんなほどじゃないんだけど……」  夜乃が棚の引き出しから紙袋を取り出してごそごそと漁りはじめたので目をやると、中から丸々としたひよこの人形が何体も出てきた。 「羊毛フェルトをはじめてみたの。元々、アクセサリーを作るのが好きだったからどうかなって試してみたら、やっぱりはまって。羊毛を針でちくちく刺してる時だけは、食べることを忘れられる気がする」  愛おしそうに夜乃はひよこの顔を撫でている。 「わたしね、体調が落ち着いたらもう一度、歌とダンスに向き合いたいと思ってるの。もちろん、だいぶ先になるとは思うけど……。今度はアイドルとはまったく違った形で、芸能に関わっていきたいの」  夜乃は胸の前でぐっと拳を握っている。 「そっか……。いいと思うよ。うん、いいよ。応援する」  私はつぶやいて、自分に言い聞かせるように何度も首を縦に振った。  この人はもう別の人生を歩みはじめているんだ——。  もう二度とドールズに戻ることはないんだ。  吹っ切れたような夜乃の笑顔を見つめながら、私はやっと彼女を失ったことを認めることができたのだ。  心を乱されるほどに焦がれていた、あの神々しい背中は永遠に見ることが叶わない。  Alice Ice DOLLの小泉夜乃はもういない。  死んでしまったのだ。
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