わたしの推しが死んだ日

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「きょう本当はね、夜乃ちゃんにお別れを言いにきたんだ」  私は絨毯の上に転がっている桃を見ながらぽつりと打ち明けた。雨の音はまだ続いている。千葉にいる両親にも近いうちに帰るからと連絡してあった。 「まさか……、彩夏ちゃんもドールズを辞めるの?」  夜乃ははっと顔を上げた。 「ううん、でも小泉夜乃からは卒業しようと思って」  きっぱり宣言すると、「えっ、どういう意味?」と夜乃は眉根を寄せながら聞いてきた。 「ねえ、夜乃ちゃんって確か芸名だったよね? 本名って何だっけ」 「本名!?」  さらにわけがわからないという顔で夜乃が私を見返してくる。 「……まひる。山田まひる、だけど。彩夏ちゃん、急にどうしたの? さっきから言ってることが変」  羊毛のひよこをぐっと握りしめながら、心配そうに私を覗き込んでくる。そうだ、山田さんだった、と私は膝を叩く。 「ねえ、山田さん。良かったら、私のアパートで一緒に住まない?」  思い切って声をかけると、驚愕したらしく山田まひるはひよこの顔をぽーんと放り投げてしまった。 「……ますます話が見えないよ!」  私は心の中で、かつて自分でヤケクソのように吐いた言葉を反芻していた。 〈アイドルは売れた方がえらい。消えなかった方がえらい〉  それって本当のことだろうか……。そんな殺伐とした場所で輝ける人なんていないんじゃないのか。  幸せな卒業ができなかった夜乃のようなメンバーを、もう一人だって生み出してはいけない。グループのために自分にできることは何だろう。  私はそんなことを考えはじめていた。
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