谷間の杜松(ねず)【1】イリム視点

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「僕たちはちょっと村へは……」  顔も覚えていないうちに殺された父さんの仇を、兄さんがとって。その仇討ちに兄さんが殺されて。今度はその仇を僕が討った。だから、今度は僕が仇と狙われる番。  歯止めの利かない憎悪を防ぐはずの仇討の掟はかえって恨みの連鎖を産み、僕も彼もすっかりその中に取り込まれてしまった。もう二度と故郷の村へは帰れない。 「俺らはフェタブリド経由でアリアナに向かうつもりです」  口ごもってしまった僕の代わりに相棒が答えてくれた。お隣のフェタブリドと砂漠の国アリアナの国境付近に住んでるティルティス人のお爺さんは凄腕のガンスミス。僕の愛銃はデリケートで、彼自身に定期的にメンテナンスをしてもらわないと性能を万全に維持できない。 「ああ、爺さんのところか。このところ、国境付近でフェタブリド軍のヘリがうろちょろしているようだ。奴らは突然現れる。気を抜くな。」  隣のフェタブリドは僕たち解放同盟とはまた別の反政府勢力を支持している。彼らとはつかず離れず……共闘することも多いのだけど、残念ながら敵対してしまうこともある。  そのため、見境なく攻撃してくることはないけれど、ごくたまに国境を越えてくる哨戒ヘリに、輸送部隊が襲われることがあるらしい。 「了解」 「無事に帰って来いよ。二人とも」 「もちろんです。お土産期待しててください」  お昼前、仲間たちの笑顔に送り出されて僕たちは北に向かった。  キャンプを出て村に入ると、いつも勉強を教えている子供たちが次々と駆け寄って来る。アリアナに向かうと言うと、道中で食べるようにとドライフルーツを渡してくれた。  戦時下のこの国では食料が不足しがち。村の人たちが飢えることのないよう、僕たちもできる限り頑張ってはいるけれども、決して余っている訳じゃない。  そんな中、貴重な甘いものをわざわざ持たせてくれた、素朴な思慕と心遣いがとても嬉しい。  何があってもこの子たちは守り抜かなくちゃ。
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