高原の鷹 イリム視点

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「来たぞ」  隣に伏せた観測手(スポッター)の低いささやき声が鼓膜を揺らす。僕は軽くうなずくと、愛用のライフルの照準器を覗き込み、『獲物』の姿を見定めた。戦闘服姿の軍人たちに守られた、小洒落た背広姿の太った男。  100年前に作られた木製の銃把はしっくりと手に馴染み、心地よい重みが与える緊張感が、波立ちかけた僕の心を鎮めてくれる。  相棒(スポッター)が淡々と数値を告げた。標的までの距離や角度、的の移動速度や風、その他もろもろ。告げられたデータが耳を通して脳に届くと、手が勝手に照準を合わせ、頭の中でカウントダウンが始まった。脳内にはくっきりと、弾がたどるべき道筋が浮かんでいる。  僕の頼りになる相棒。生まれた時からずっと一緒の魂の片割れ。名狙撃手なんて言われているが、僕がどんな任務も確実にこなすことができるのは、彼がいてくれるからだ。  『獲物』を確実に屠れるのは、彼が正確に目標と周囲の状況を伝えてくれるから。無防備な体勢で(うずくま)っているだけの僕がただ敵を撃ちぬく事だけ考えていられるのは、必ず彼が守ってくれるから。  常に二人一組(ツーマンセル)で行動する僕らは、片方がやられてしまえばもう戦士として役に立たない。……いや、彼なら僕がいなくてもうまくやっていけるかも。  彼はいつだって完璧だ。彼に守られながら、彼に導かれるまま、はるか彼方の敵を狙い撃つしか能のない僕なんかと違って。
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