山の柘榴(ざくろ)【1】グジム視点

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 山とは違ってまだまだ暑い平野を抜けて、標高が高くなるにつれどんどん気温が下がっていく。ついに俺たちがいつも戦っている渓谷よりも寒くなったころ、アリアナ国境を越えてさらに山に入ると、ガンスミスの爺さんが住む集落に到着した。 「相変わらず静かなところだね。また空き家が増えた?」 「仕方ない、こんな田舎だからな。おかげで詮索されずにすむ」  山間のわずかに開けた谷間に広がるささやかな麦畑と放牧地に散らばる家々。人が住まなくなって久しいのか、崩れかけたものもある。その村とも呼べぬほどまばらな集落の外れ、ひときわ小さな家に爺さんは独りで住んでいる。ここなら、組み上げた銃の試し撃ちにだって困らないのかも知れない。 「おじいちゃん!! 久しぶり!!」 「おう、元気そうだな」  出迎えたじいさんに嬉しそうに飛びつく姿はまるで人懐っこい犬がじゃれているよう。どこにでもいる祖父と孫のほほえましい光景だ。この老人を誰が「茂みの悪魔」の異名を持つ歴戦の戦士と思うだろうか。じいさんの顔の傷痕は深く刻まれた笑いジワに隠れ、鋭い眼光は柔らかな眼差しに覆われている。  彼の故郷ティルティスは遠く離れた草原の国。もう300年近くもの間、大国リリャールの支配を受けている。  耕作には向かない小さな国だが、豊富な地下資源を有するかの地をリリャールは意地でも手放さず、自分たちに従順な政治家を送り込んでは国民を洗脳して支配を強めている。一方、独立を求める声はいくら抑圧されても強まる一方で、もういつから始まったとも知れない内戦が途切れることなく続いているのだ。  じいさんも独立派の戦士として数々の戦場に立ち、絶望的なまでに不利な戦況をその卓越した戦術眼と指揮能力で何度もひっくり返してきた。現役時代の確認戦果はゆうに400を超える、伝説的な野戦指揮官にして名狙撃手。  寄る年波で前線に立つのが心もとなくなって引退したが、今でも凄腕のガンスミスとして仲間たちを密かにサポートしている。彼の改造の腕前は、まるで魔法のようだと言われている。 「ほら、土産だ」  杜松(ネズ)の実がぎっしりつまったカゴを渡すと、じいさんはずしりとした重みに相好を崩した。 「こりゃまたずいぶん摘んできたな。ありがとよ」 「来る途中であいつが見つけたから」  そっけなく伝えると、お前も摘んでくれたんだろう、とわしわし頭を撫でられる。まったく、初めて出会った時からこのじいさんにはかなわない。 「いつまでも子ども扱いしないでくれ」  一応、二人ともとうに成人しているのだが。 「クチバシの黄色いひよっこがいっぱしの顔を。ワシから見ればまだまだケツの青いガキだ」 「おじいちゃん、僕たち東洋系じゃないからお尻は青くないよ」 「そういう問題じゃない」  ずれたツッコミをする相棒をたしなめると、じいさんがふと真顔になった。
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