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しょうもない思いが心をよぎる間にも僕の脳は着実にカウントダウンを続けていて、指は自動的に引き金を引いた。乾いた音が響き渡る。
銃身に取り付けた抑制器が目立つ発砲炎を包み隠し、本来ならば鼓膜を突き破りかねない轟音を、くたびれた紙袋の破裂程度に抑え込んでくれた。彼が空中に引いたラインをなぞって飛翔する直系7.62mmの弾頭は、秒速800mの速さで標的へと突き進む。誰かの生命を奪うために。
「命中……周囲に動きなし」
観測器を覗いた彼が低い声で告げる。寄り添って伏せている僕の耳にようやく届く程度のかすかな声。それは任務完了……すなわち誰かの生命の終わりを意味していた。
今日終わったのは遠い海の向こうからやってきた背広の男。こんな所までのこのこと来なければ、もう少し長く生きられたかもしれないのに。
これが僕たちの日常だ。
いつものように冷えたばかりの薬莢を回収すると、そっとポケットに入れた。絶対に落とさぬようボタンを留めると、頷きあって後退する。
ーー砂漠蜥蜴よりも早く動いてはならないーー
そんな教えの通り、ゆっくり時間をかけて這いずって、大きな岩陰に入ったところでようやく身を起こす。ここまでくれば、もう大丈夫。あとは灌木の茂みの中に偽装した、山を縦断するトンネルを通って帰投するだけ。
どちらからともなく顔を見合わせ、かぶっていた偽装網を外した。さらさらした黒髪の下に現れた、青空を切り取ったような瞳にほっとする。
護衛たちが今頃になって放ち始めた見当外れの発砲音をよそに、僕たちは互いの肘をすり合わせる、故郷に伝わる合図と共に声を立てずに笑いあった。
振り仰げば抜けるような空は相変わらず雲一つなく、山肌にへばりつくように生えている木々が、青々とした葉を風にそよそよと揺らしている。土竜豆の淡い紫の花が山のそこここを彩り、まるで絵画のように美しい。
血なまぐさい命のやりとりがあったばかりとは思えぬのどかな光景。ただ硝煙の臭いだけが先ほどの出来事を物語っていた。
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