高原の鷹 イリム視点

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 緑の芽生えが美しい峡谷を目の隅で見下ろし、僕は自分たちのちぐはぐさに思いを馳せて苦笑する。  昔の戦争で大きな事故が起きて、僕たちの先祖が暮らしていたシュチパリアは壊滅的な打撃を受けた。その後、世界中で続いた災害で秩序が壊れて、一時はだいぶ文明も後退したという。  それから500年。再び発達した科学が社会を元の水準どころかはるかに進んだものに押し上げたけど、その結果がもたらした世界は豊かで幸福とはとても言えないのが現実だ。  祖父の代に流れ着いたダルマチアは長く続いた民族紛争が落ち着いたばかり。戦争が終わったはずの村々は、わずかな耕作地と飲み水をめぐり、いまだ部族ごとに血で血を洗う争いを続けている。  政府が機能しない国の法律に効力はなく、誰もが数百年前の部族法に従って生きている。そこでは誰かが誰かの仇を討てば、その誰かの仇を誰かが討たねばならない。  僕も彼もそうして仇を討って、その次に誰かの仇となった。もはや二度と故郷の土を踏むことはかなわぬ僕らは、ダルマチア人でもシュチパリア人でもない。寄せ集めの部品で捏ね上げたちぐはぐな殺人人形。どこの誰ともつかない僕たちにはそんな呼び方の方がふさわしいかもしれない。  そして故郷から何百キロも離れたこのシェミッシュの高原で、いつから始まったともつかぬ紛争に身を投じている。
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