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加奈の言う事を、疑いたくはありません。
世界で愛する妻なのですから。
でもそれにしては、あまりにも非現実的な言葉でした。
「書いた本人がそう言ってるんだから、認めろこの野郎!」
加奈はぽかぽかと、もう筋肉がほとんど落ちてしまったウィリアム王子である僕の体を殴ってから、抱きついてきました。
「普段は小説にいて、夜あなたが眠った時に夢で会いにいくのが、密かな楽しみだったのに」
「え?え?」
「それなのに、気がついたら夢に行けなくなって……もうすっごい心配したんだから……」
「待って、加奈」
夢の中で会っていたのは、僕が作り出した幻想だと思ってました。
それがまさかの本人だったというのも、衝撃でした。
「そしたら、こんなところにいて……。もう、心臓止まるかと思った」
すでに一度止まってる、というツッコミは野暮だと思ったので、ただ僕は加奈の頭を撫でるだけにしました。
するすると指通りが良い滑らかな髪も、加奈そのものでした。
「じゃあ、僕がどうしてここにいるのか、君は知ってるの?」
「死んだから転生したんでしょ」
「あ、やっぱり?」
「それ以外ある?」
普通の神経なら、自分が死んだことを認めるのに時間がかかったでしょう。
僕の記憶が正しければ、僕は家でただ一人、加奈の遺品に囲まれたベッドの上にいるのがあの世界での最後です。
誰か、僕の死体に気づいてくれるんだろうか?
そんな心配も、遺してきた人のためにするべきだったかもしれません。
父も母も健在です。
僕は親不孝者です。
罪深い人間です。
それでも僕は、加奈を抱きしめられた死を心から喜びました。
「加奈……愛してるよ」
「うん、知ってる」
「抱きしめてもいい?」
「もう抱きしめてるよね」
「じゃなくて……」
僕は、数年ぶりに「抱きたい」と言ってみました。
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