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一通り、妻の小説を読み終えたのは、妻が骨になってから数ヶ月後のこと。
これも情けない話ですが、妻が死んだ後はうまく文字を認識することができなかったのです。
1週間、1ヶ月、49日と時が経ち、必要な死後の儀式を1個ずつこなしていくことで、文章を読み、考え、再解釈し、理解するという、人間の脳の働きを取り戻していきました。
でも、果たしてそれが良かったのか。
いっそこのまま、文字を文字としてしか読めないままでいられたら、まだ良かったのかもしれません。
ヒロイン達は、容姿も名前も性格も違っているように見えました。
でも、ヒロイン達が語る言葉に、妻は隠れていました。
言ってしまえば、ヒロインは全部……結局妻なのです。
考え方も、辛い時の乗り越え方も、ヒロインが違えばどれもが違うはずなのに、妻が見えるのです。
そして……愛される男は、決して僕とは思えない別人でした。
つまりこういうことなのでしょう。
妻は、数々の小説のヒロインとして、本当に結ばれたかった男との恋愛を楽しんでいる間、それを知らない僕は、せっせと妻のために夜遅くまで働き、妻を抱く時間も体力も無意味に奪われ続けていたのです。
なんて、滑稽な話なのか。
そんなことを、妻がこの世界からいなくなってから初めて知ってしまうなんて。
いっそ知らない方が良かった。本当に、そう思いました。
忘れてしまえればいいと、願ってしまいました。
それでも幾晩も、いつ眠ったかもわからない夜を過ごし、夢で妻と話す度に思ってしまうのです。
もう一度妻とキスをし、体温を感じたいと。
妻の毛布に残っていた匂いも、そろそろ消えてしまいそう……。
そう考えた時、驚くべきことが起きました。
「ここは、どこだ?」
妻の遺品だらけの、真っ暗な部屋がいつの間にか、豪華な西洋風の寝室に生まれ変わっていました。
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