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「夢……だよな?」
僕は自分の頬をわざとらしくつねりながら、言葉にしました。
妻と話している夢の時は、夢だと分かっているのか疑う事なく、会話をしているのですが、無性にこの時は疑えと、本能が言っているように思えたからです。
その予感は的中しました。
「痛い……」
僕は急いで鏡を探しました。
西洋風の昔ながらの世界に、鏡がないという可能性を一切考えなかったのです。
僕の体は、まるでそこに鏡があることが分かっていたかのように、迷いなく部屋のすみまで行きました。
「これは、誰だ?」
妻の小説で読んだ事があるセリフを、心の奥底からの自分の気持ちとして、発していました。
僕は、特徴もない黒髪に中肉中背……ちょっと筋トレしないとすぐにぼよぼよになる腹という、よくいるアラサー男の容姿だったはず、でした。
ところが鏡に映る自分は、金髪碧眼でシックスパック。
妻との初めての映画の主役を演じた、イギリスの有名俳優と似たような容姿だったのです。
「一体何が起きたのか」
頭の中で、出来事の整理をしようかと思った時、都合よくある人物が現れました。
「お目覚めですか。ウィリアム王子」
「……え?」
妻が好きだと言っていた声優と同じくらいダンディーな声の持ち主は、執事服に身を包んだ、上司と同じ50歳くらいの男性でした。
誰だ?と聞きそうになる前に、男性は言葉を重ねてきました。
「朝食の準備は整っておりますが、こちらにお持ちしますか? それともダイニングでお召し上がりになりますか?」
「持ってきてもらえま……るか?」
「御意」
うっかり上司に話すように敬語で話すところでしたが、「王子」と呼ばれたことを思い出したので、それっぽい語尾を無理やり繋げました。
それが良かったのかは分かりませんが、執事服の男性は疑いもせず、そのまま部屋を出ていってくれました。ほっとしました。
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