残酷な妻ですがそれでも愛しているので、彼女の異世界まで妻を探しに行きました

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 僕は今、妻の小説の登場人物の姿をしている。  これを異世界転生だと考えると、僕が死んでいる可能性は大いにある。  つまり逆に考えると……? 「彼女も、転生しているんじゃ……?」  そう考えたくもなります。  妻は僕よりも先に死んでいます。  妻の遺体を拭きましたし、妻の骨も拾いました。  そんな妻の魂は、三途の川を渡り、僕たちが知っている天国に行ったものと、誰もが考えてました。でも実際妻が本当に三途の川を渡ったのかは、確かに誰も見ていません。 「今は、いつだ!?」  妻が、もしこの世界に転生しているのだとしたら、きっとヒロインとして現れることだろう。  そう考えた僕は、まず自分の状況を全て把握するところから始めました。  スチュワートと名乗る執事服の男に、僕は「記憶喪失になってしまった」と告げるところから始めました。  この方法も、妻の小説が教えてくれました。  どのストーリーも、そうやって情報を集めていたのです。  そんな都合の良い話運びなんかあるわけないと、正直半分くらいは疑ってもいました。  でも、スチュワートはあっさり教えてくれました。  今の自分がいるのは、ちょうど妻の物語が始まる直前だと知る事ができました。  妻はやはり、僕にとって完璧な女性でしたので、妻を疑うなんてあってはならなかったのです。  僕はそれから、妻の小説が教えてくれた通りの方法で、異世界転生というイレギュラーな出来事をサクサクと乗り越えていきました。  やったことのない王子としての仕事も、体が教えてくれました。むしろ、現実より遥かに楽でした。  何故ならば、変に相手に媚びなくても、正しいと思ったことを正しいと突き進めば、大抵の仕事が簡単に片付いたからです。そして誰も、王子の中身が、いつの間にかさえないアラサー男になっているなんて、気付きもしませんでした。  それどころか、むしろこう言われるようになりました。 「ますます、王子として貫禄が出て参りましたね」 「これならば、国の後継者としても安心でしょう」  何ということでしょうか。  僕が社会人として当たり前にやっていたことが、この体の評判を鰻登りにしているのです。   「もっとやれるだろう? やる気あるのか?」  怒鳴られ続けていたあの日々は、一体何だったのでしょうか。  俯いて、自分のダメさを呪い、妻に「こんな自分が夫でごめん」と詫び続けていた自分の影が、もうどこかに行ってしまったかのようです。    だからこそ、僕は早くヒロイン……妻の登場を待ち侘びました。  ヒロインとの出会いは、ウィリアム王子の誕生日を記念して開かれた舞踏会だと書かれていました。  お互い、一目惚れ。  そのまま王子は、寝所にヒロインを連れていき、二人は結ばれる。  この流れは、自分の心に深く刻まれています。  何度も繰り返し読んでは、勝手に傷つき、泣いた場面でもあったからです。  妻に、そんな愛情をぶつけてやれなかった自分を思い出すのが、本当に辛かったのです。  でも今は違います。  早く、あの場面が来て欲しい。  妻に会いたい。  妻を今度こそ、妻が望むように抱きしめたい。  頭の片隅で、何度も妻を抱くイメトレをしながら、王子としての義務を果たし続けました。    でも。
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