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ようやく待ち望んだ舞踏会の日になったのに。
僕は絶望していました。
妻が詳細に書き記していたおかげもあり、誰がヒロインかすぐにわかりました。
結婚指輪のような、キラキラした銀髪に、婚約指輪のルビーのような赤い瞳。
そんな特別な容姿を持つ人間が、大勢の人間に埋もれるなど、到底考えられませんでしたし、実際ダンスホールの中で存在は際立っていました。
妻の小説のように、ヒロインは顔をあげ、王子は顔を下げた時に目が合いましたし、ヒロインはその瞬間、横浜のバラ園で見たピンクのバラのような頬になりました。
王子の体は、ヒロインを求めていたのかもしれませんし、求めるべきだったのかもしれません。
でも、僕の魂は反応しませんでした。
僕が妻に感じたような、「生涯一緒に生きるんだ」という気持ちには、到底なれませんでした。
だから、ヒロインの行動が小説をなぞっているのを分かっていたのに、僕は王子としてではなく、僕として振る舞ってしまいました。
その結果、僕はヒロインとの縁を無くしただけでなく、小説の続きを追いかける事ができなくなりました。
物語は、ヒロインと王子が交流することによって起承転結が生まれ、ハッピーエンドへと突き進んでいくはずでした。
僕と妻の間には出来なかった赤ん坊も、誕生しているはずでした。
そうすることが、この世界の王子としては正しい生き方だったのでしょう。
でも、違うものは違うのです。
僕の魂は、ヒロインは妻ではないとはっきり教えてくれるのです。
だとしたら、僕には絶望的な考えしか思い浮かびません。
妻は、この世界に転生していないんじゃないか、と。
全く別の世界に行ってしまい、僕のことなんかもう忘れているのではないかと。
違う男と絡み合っているのではないか、と。
想像しただけで、やはり吐きそうになりました。
せっかく妻が書いた理想の男になったはずでも、妻がいなければ何の意味もありません。
しかもこの世界は、妻と僕の思い出に満ち溢れています。
妻は、なんて残酷な小説を書いたのでしょう。
僕がこの世界で生きていく限り、僕は決して妻を忘れる事が許されないのです。
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