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「でも、君に謝らないといけないな。僕のせいで、君の理想の男は消えてしまったんだ。情けなくて、何もできない、ただの弱い男に変わってしまったよ」
そう言った時でした。
右の頬に、痛みが走りました。
「あなた、この小説全部読んだのよね!?」
「ええと……」
「読んだのよね?」
「…………はい」
僕のこれまでの言葉で、加奈は僕が小説を読んだことに気づいているのは明白でした。
そうでなければ、繋がらないはずの会話でしたから。
僕は観念して、仕事にも行けない日々を、加奈の小説ばかりを読んで過ごしていたことを白状しました。
すると加奈は、大きなため息をつきました。
「だったら、この小説があなたとの思い出で出来ていることがすぐに分かったでしょ?」
それは分かりすぎるほどでした。
だからこそ、苦しかったのです。
「でもこの小説に、僕はいないじゃないか」
「いるじゃない!」
加奈は、ウィリアム王子の顔をした僕を指差しました。
「……え?」
「ウィリアム王子は、あなたなのよ!」
「…………なんだって?」
僕は耳を疑いました。
僕は、何の変哲もないアラサー男でした。
仕事もできる方ではありませんので、いつも上司に怒られてばかりいました。
冴えない男とウィリアム王子は、決して相容れない存在なはずです。
「出会った頃のあなたを思い出しながら書いたのよ……」
恥ずかしそうに俯く加奈に、数年ぶりに欲情しそうになりましたが、さすがにそれは耐えました。
「僕、ちっともこんな容姿してないけど」
「だから! 私にとってはこういう人なのよ! かっこよくて眩しくて、いつも優しくて自信たっぷりで。 そういうあなただから、私は好きになったの!」
「…………それさ、本当に僕のことかい?」
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