1 突然の求婚

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1 突然の求婚

「ルベリー王子、あなた様にぜひお会いしたいとおっしゃっている方がおられます」 「俺に?」 「はい。何でも、ルベリー王子に大事なお話があるとかで」 「大事な話……」  従者のエバンスは女でありながら、凄腕の剣術使いでもある。  そのエバンスが、何やら深刻そうに切り出すからには、何か厄介事なのかもしれなかった。 「話せ。どう大事な話なんだ」 「それが……、ルベリー王子への求婚を持ちかけてきたのです」 「求婚」  王子であればそういった話が来ることはよくあるのだろうが、俺は第七王子であり、王位継承権はほぼないに等しく、さらには上の兄達が凄まじい美貌と国を治める才を兼ね備えていたため、実はほとんど求婚されることはなかった。 「……どんな人物だ」  どうせまともな人物ではないだろう、と予想しながら聞けば、その予想の斜め上を行く回答が来た。 「位も何もないばかりか、男です」 「……男」 「はい。しかも、ラフ王は彼をルベリー王子のお相手として推しております」 「父上が……」  このアリステア王国では、身分違いの婚姻も同性間の恋愛も許容されている。  だがそれは、王子以外での身分に限った話であり、国を治めるとなれば身分はともかく、性別は異性間と定められている。 「……父上は、俺をついに王族の身分から切り捨てるおつもりか?」 「いえ。というよりも、その方が厄介でして……」 「厄介?」 「詳細をお話しすると、ルベリー様がこの求婚を受けてくださらないとラフ王はお考えです」 「口止めされているわけか。ますます怖いな」 「しかしこれだけは申し上げておきます。この婚姻に国の存亡がかかっておりますので、どうか慎重にご判断下さい」  大げさに言っているが、要は俺を早く誰かと結婚させて厄介払いしたいだけだろう。王位継承権の低い王子など、扱いはほぼ平民と同じだ。  俺は深く息を吐き、従者へ命じた。 「その男と話がしたい。場を設けてくれ」 「はっ、直ちに」  その「直ちに」は本当に「直ちに」だった。  一時間後、一人で剣の鍛錬をしていると、従者が素早く近寄って来て、その男の来訪を告げた。 「ちなみにその男、名は何という」 「リズールと」 「謁見の間へ行けばよいか」 「はい」 「父上はおられるのか」 「いいえ。それがリズール様のご要望ですので」 「……」  平民の者が国王にそんなことを注文して許されるなど普通はありえない。  どう厄介なのか、興味とともに不気味ささえ感じ始めた時、謁見の間へ辿り着いた。 「ルベリー様、私はここに控えておりますので、何かありましたらお声がけ下さい」  と言うやいなや従者はドアの片隅に立ち、中へ促してくる。  俺は覚悟を決め、中へ足を踏み出した。  その途端、こちらを背にして椅子に腰かけていた男が、勢いよく振り返りながら立ち上がる。  背は見上げるほどに高く、筋骨隆々とまではいかないが、そこらの衛兵には負けないくらいの体格をしていた。  しかし何よりも目を引くのは、その顔立ちと髪色だった。  兄たちの常軌を逸した美貌とは系統が違うが、目鼻立ちがくっきりしていてハンサムの部類に入るだろう。 「その髪色は」 「ああ、これですか?」  リズールが自分の前髪を摘まむ。その髪は、アリステア王国では最も忌み嫌われている紫色をしていた。 「地毛なのか?」 「はい。お嫌いですか」  リズールの目が、探るように俺を見る。この色でいろいろ言われるところは容易に想像がついた。  だからというわけではないが、俺は正直に答える。 「俺はその色が昔から好きなんだ。綺麗だからな」  その言葉に、リズールが花開くように微笑む。  あまりに純粋な笑顔に、思わずドキリとした。 「それで。私に求婚というのは、どういうことだ?」 「どう、とは」  椅子に腰を下ろしながら本題に入ると、リズールはきょとんとして聞き返す。 「どうしても王族になりたいとか、何か他の陰謀でも……」 「ああ、そんなものはありません」 「……ない?」  本当にそうなのかと疑り深い目を向けたが、リズールはあっさりと繰り返した。 「そんなものはありません。ただ」  やはり何か要求がと身構えた俺をよそに、リズールはにこやかに答えた。 「ルベリー王子、あなたの御心が欲しいです」 「私の……心?」 「そうです。俺が欲しいのはあなたの愛、それだけです。他には何もいりません」  俺は一瞬呆気に取られたが、それは方便に違いないと思い至り、笑みを浮かべる。 「そんな台詞には騙されない」 「騙したつもりなどありません」  心外だと言わんばかりに口を尖らせるリズールに、俺は事実を告げた。 「私は、王宮でも変わり者として扱われている。王位継承権がないに等しいのは、ただ七番目の子だからというだけではない。そんな私を想う人間など、いるはずがない。少なくとも、この国には」 「……」  反論する言葉も見つからないのだろう。リズールは口を閉ざしたまま俺を見る。  俺は視線に耐えられなくなり、立ち上がりかけたが、その前に向かい側に座るリズールが立ち上がり、テーブルを回り込む。  そしてそのまま手を伸ばしてきて、俺の顎を掬い上げた。 「……?」  何をされるのか想像が及んでいないうちに、リズールは顔を近づけると、あろうことか俺の唇を奪った。 「んっ……!?」  驚き、身を引こうとするも、反対側の手も伸びてきて後頭部を押さえつけられ、身動きが取れない。 「ん、ん、ぅ……」  ちゅっ、ちゅっと幾度も音を立てて口づけられたかと思うと、油断した隙に開いた隙間から舌先を侵入させてきて、口腔を擽られる。 「ン、っ……ぁっ」  あまりに濃厚で甘い口づけに腰が震えてきた時、すっと唇を解放され、間近で紫色の瞳が俺を捉えた。 「っ……」  視線を逸らそうにも、異国にあるという紫の宝石、アメジストはこんな色だろうかと思い、魅入られていく。 「これでも、俺があなたを騙しているとお思いですか」 「……」  何も言えないまま、ただ唇にくっきりと残る感触に赤面していると、リズールは俺の右手を取り、恭しく口づけた。 「俺はあなたが欲しい。その意味を、よく考えて下さい」  リズールの熱っぽい視線を受け止めきれずに逸らしたところで、彼はそのまま謁見の間から出て行った。  後に残された俺は、唇に手を当て、ただ呆然と熱を持て余していた。
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