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だから日程を延期したいのだ。両親にはそう進言し、お相手のスロー子爵へ連絡をしてもらっている。先方は「そちらの状況を鑑みて、提案を受け入れるのはやぶさかではないが、肝心の息子が納得していない」と言ってきた。息子氏は譲らないらしい。曰く「もういい加減待ちくたびれました、先延ばしにしたところで結果は同じでしょう」
相手は次男で、そろそろ長男が子爵を継ごうかと考えているらしく、身の置き所に困っているのかもしれない。
(顔合わせすらしていないというのに、どうして私にそこまでこだわるのよ)
謎である。
問題は他にもあって、婚約者の名前はなんとダグラスというのだ。
よりにもよってダグラス。
秘めたる想いを一方的に抱いている執事、ダグラス・タームと同じファーストネームを持つ相手と結婚生活を送る。苦行でしかない。運命の神様とやらは意地悪がすぎる。
婚約者のD氏はとても優秀。貴族男子が通う学院では入学以降ずっと首席を譲らなかったという。引く手あまたのなか、王宮で王子付きの仕事をしつつ、しかし普段は顔を見せない。いわゆる表立ってはできない陰の仕事を請け負っているともっぱらの噂だ。
「結婚を覆せないのだとしたら、いっそ『別居婚』というのはどうかしら」
「……はあ?」
「ほら、世の中にはそういった形態もあるでしょう? 奥方は領地で暮らし、旦那さまは都でお勤めをする。亭主元気で留守がいいっていうの。外国の本で読んだことがあるわ」
「貴族階級に持ち込んだところで認識が異なります」
「愛妾として囲われるよりはマシかなって」
「まだ愛妾などという戯言を持ち掛けてくる輩がいると?」
ダグラスの声が低くなった。これは彼の機嫌を損ねたときのトーン。主にリズベットが異性の話をしたときに起こる現象で、よほどこちらを箱入り娘にしたいらしい。
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