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「わたしは認識していないわ。お父さまのところへ来ているかはわからないけれど」
「結構」
不敵に笑った。ダグラスの顔は整っているほうだと思うけれど、この笑みは『腹黒い』とメイドの中でも評判だ。悪い方向での評価であるので、リズベットは安心している。ライバルは少ないほうがいい。
出会いの少ない使用人たちが職場結婚をすることは喜ぶべきこと。けれどダグラスがメイドと結ばれてしまうと、リズベットは祝福できそうにない。相手の女性に対して普通に接する自信がないし、意地悪をしてしまいそうになる。
「……家を離れたほうがスッキリするのかしら。見なくてもいいものを見るよりはマシよね」
「また何か見当違いのことを考えていらっしゃいますよね」
「失礼ね、今度はきちんと結婚のことを考えているわ。伯爵家を出て相手に家に嫁げば気分も変わるかしらって」
「婿を取るお立場でしょう」
「そうだったわ」
男子のいないグレニスタ伯爵家を継いでいくのはリズベット。
それでいて愛妾として望まれる話が絶えなかった理由は、リズベットと一緒に伯爵位が付いてくるから。国へ返還されるならそれはそれ、なんとか食いつないだとしたら、保たれた爵位を手に入れることができる。
「わたしってば爵位のおまけなのよね」
「自虐とは、らしくないことを」
「ダグは本当にわたしをなんだと思っているのかしら。わたしだって年頃、マリッジブルーになるものよ」
「ついさきほどまで、どうすれば顔合わせの日が延びるか考えていた方が、マリッジブルーですか」
溜息をひとつ落としたダグラスは、ふと沈黙をつくる。常に毒舌が漏れるくちをいつになく長く閉ざしたのち、彼にしては慎重気味に問いかけてきた。
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