1/3

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

 両親と同じ部屋に寝起きするようになっても、歌声は変わらずに夜な夜な近づいてきた。居間で頭を付き合わせる両親と祖母、それに村の大人たちは、いくら話し合っても打開策を見つけられない様子だった。誰もが暗く沈痛な面持ちをしていた。 「村を出たらどうやろか」  母の提案に、老人たちは渋い顔をした。おかげ様は完全にマモルへ狙いを定めている。むしろ逃げ出すことで怒りを買うやもしれないと、言い難そうに口にした。過去にはおかげ様の姿を見た後日から歌が聞こえるようになり、村から街へ逃げ出した子どもがいたが、結局行方知れずになったのだという。  既に歌声は、家のすぐ近くから聞こえるほどに近づいていた。楽しげな幼い子どもたちの声は、文字に起こせない言葉で歌っている。それなのに、マモルという名前だけははっきりと聞き取れる。マモル、こっちで遊ぼうよ。そうまるで誘われているような気持ちになる。  六畳の寝室には、天井から真っ赤な彼岸花が吊るされた。まるでてるてる坊主みたいなそれが、おかげ様の唯一の弱点だと村の老人たちは言う。かつての巫女は、生肉に彼岸花を混ぜておかげ様に供えた。毒にあてられ弱ったおかげ様を、なんとか封じることができたそうだ。血のように赤い花が大人の頭の高さにあちこち吊るされた光景は、それこそが不気味だった。  四隅の盛り塩で結界を張り、マモルはその晩、一人で過ごすことになった。窓のカーテンもぴっちりと閉じ、眩しい電灯の下に敷かれた布団に横になった。部屋の外では村の大人たちが集まり、皆で念仏を唱えて部屋を見張る。だから安心せえと父親は言った。朝まで部屋から出たらいかんとも。とても嫌だと言えない雰囲気に、マモルは泣きたくなりながら頷いた。  部屋にはせめて、スナック菓子や漫画本が置かれていた。だが、いくら夜更かしをして遊んでいいと言われても、そんな気になれるはずがない。無事に朝を迎えられれば、この部屋を出て、普段通りの毎日が戻ってくる。言われるままに小便を済ませ、いよいよマモルは六畳の寝室に籠った。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加