世界最強にして

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世界最強にして

 そこは決して狭い部屋ではないが、大量の機材や部品によって埋め尽くされ、足の踏み場もなかった。  騎士見習いのマリトッツォは、部品を踏まないように気を付けながら、一歩ずつ奥へと進んでいく。  少しでも触ったり動かしたりしたら、工房の主にこっぴどく怒られることになるから、マリトッツォは触れるだけで爆発する危険物ぐらいの気持ちで挑んでいる。  少年のあどけない顔は緊張でこわばり、冷や汗が流れる。 「整頓した結果と言うけど……」  どうして重くてかさばる甲冑を着て、この部屋に入ってしまったんだろうと後悔する。だが、ここからでは戻るのも一苦労だ。  まだ十数才のマリトッツォには、そこにある機材や部品が何であるか、どのぐらいの価値だかも分からなかった。しかし主にとってはそれは、臣下の命よりも大切なものらしい。  ガラクタにしか見えない部品の山裏に、ようやく主を発見する。  そこで机に向かって図面に文字やら線やらを書き込んでいるのは、若い女性だった。  地味な作業用のつなぎに身を包んでいるが、露わになっている頭からは、これでもかというぐらいに気品があふれ出している。  金色の長く艶やかな髪、白くきめ細やかな肌、知的で鋭い青い目、ふっくらとして優しさと愛嬌を感じる赤い唇。  この雑然とした工房にはあまりに不似合いな人物だった。 「姫様、そろそろお城に戻りませんか? 各国から王侯が集まっております」  そう、工房の主はマリトッツォの主君でもあった。  ジェラート王国の姫ドルチェである。 「パーティに間に合えばいいんでしょ」  ドルチェは目の前のことに夢中のようで、振り返らずに答えた。 「そ、そうですが、事前に姫様に面会したいとの申し出をいくつもいただいておりまして」 「どうせ結婚してくれって話でしょ?」 「はい……」  ドルチェがペンを握っていない反対の手を後ろに伸ばすので、マリトッツォは肩に掛けていたバッグから紙束を差し出す。 「スー、ソット、シニストラ、ジウスト……。いつも必死に口説いてくるところかぁ」  ドルチェは横目でパラパラと紙をめくるが、すぐマリトッツォに後ろ手で突き返した。 「いいのは顔だけなんだよ……」  その紙束は隣国から公文書に見せかけて、実は恋文なのである。  ドルチェを口説くために、歯が浮くような言葉がひしめき合っていて、ドルチェはぞっとしたのだった。 「ご不満ですか……? 求婚されている国の方々は、身分も才も一流とうかがっていますが」 「不満も何も、向こうはこの国が欲しいだけでしょ?」  王にはドルチェしか子はなく、必然的に他から婿を取ることになる。政略結婚が成立すれば、自国の大きな利益になると、どの国もドルチェを得ようと必死だった。 「いえ、美しい姫様に興味があるのだと思います」 「はっ」  ドルチェはあきれて鼻で笑った。 「飾りの宝石じゃないのよ。手で転がして自慢したいのかもしれないけど、あたしは御免被るわ」  マリトッツォは言葉選びを間違えたと思った。  ドルチェを褒めるつもりだったが、ドルチェは見た目の美しさを言われて喜ぶような人ではなかった。 「父はよりどりみどりと浮かれているのかもしれないけど、あたしからすれば選びようもないわ。顔がよくても、権力があってもダメ。その中に、あたしより優れている人はいる? 強い人はいるの?」  政略結婚なんてロクでもないとドルチェは思っている。  王子と姫が結婚すれば両国の結びつきが強くなり、経済的にも軍事的にも有利になるには違いないが、それだけなのである。  手に入れたら終わり。興味を失い、飽きてしまう。 「他人から何でも与えられて生きてきた人なんて信用できない。欲しいものは自分の力で掴まなきゃ。あたしはそうやって生きてきた」  それはドルチェ自身の経験から来る。  父は一人娘が可愛くて、あれこれドルチェのために作ったり上げたりしてきた。でも、ドルチェは満足できなかった。手に入れたら、また次のものが欲しくなってしまうのだ。  だからこそ、得がたいものは自分で掴み取ろうとするし、掴み取る気持ちで自分に挑んできてほしいと思う。
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