世界最強にして

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 ドルチェは立ち上がってドアのほうへ向かう。  ガラクタなんてそこには存在しないかのように、軽やかにしなやかな動きで歩いている。 「姫様どちらへ?」 「そろそろアマレッティが出陣するころでしょ。将兵の士気を高めるのも姫の仕事よ」  議会やらパーティやら政治的な話には関わりたくないが、自分の役目を放り出さない。  力を持ち、上に立つ者にはなさねばならぬことがある。それを必ずやり遂げるのがドルチェのポリシーだった。  ドルチェがドアを開けて外に出ようとすると、周囲が白い煙で包まれ、ドルチェが見えなくなってしまう。  そして次の瞬間には煙が消え、儀礼用の豪奢なロングドレスを着たドルチェが姿を現した。  物質変換。  空気中のマナを物質に変換し、イメージした形に作り上げるドルチェの魔法だった。  かなり高度な魔法で、この国で使える人はドルチェだけだ。 「美しい……」  マリトッツォは思わず嘆息をもらす。  つなぎを着て研究に打ち込むドルチェももちろん綺麗だったが、女性らしいドレスを着ると一段と美しかった。  かき上げた長い髪にはティアラが輝いている。まさに姫。王妃に次ぐ二番目に高貴な女性。  マリトッツォはようやく理解する。  ドルチェが美しいことを褒められても嬉しがらないのは、美に興味がないからではない。世界一の美を極めているからだ。つまり、美しくて当たり前なのである。並大抵の美は持っていて、究極の美をすでにその手で掴み取っていた。  マリトッツォが気づいたときには、ドルチェは数万の兵団の前にいた。  そこに、ひとときわ目を引く将軍が姿を現わし、ドルチェの前で膝をつく。 「姫様、ご機嫌麗しゅう」  白銀の甲冑に身を包んだ将軍アマレッティ。  麗騎士と呼ばれる若き将で、女性のように長く美しい髪に、甘い顔を持つ。彼とすれ違えば男でも振り返るほどだ。  その上、剣技は国内随一である。一騎討ちで彼に勝てる者は誰もいない。  忠義者としても知られ、上からも下からも人望も厚いことから、数万の兵団を束ねる指揮官を務めていた。  工房の前は大きな空き地になっていて、眼前の兵士たちはそれぞれ甲冑に身を包み、今まさに出陣式の最中であった。 「上々よ」  にっこり笑って、ドルチェは右手を高く上げる。  頭上に白い煙が現れ、やがて収縮するようにそれは剣の形を作っていく。そしてずっしりとした質量をもってドルチェの手に収まった。  ドルチェは試し切りをするように、剣を軽く一振りする。  衝撃波が発生し、ドルチェの脇の地面をえぐり取り、大きな亀裂ができた。  確かな感触があったようで、ドルチェはにっと口端を持ち上げる。 「麗騎士アマレッティ、この剣にて我が地を犯したネミコを征伐してみせよ!」 「ははっ!」  アマレッティは深々と頭を下げ、ドルチェが空から生み出した剣を両手で受け取った。  恍惚の表情。  それはドルチェを心から崇敬しているから出るものだった。  恋の上が愛ならば、忠の上も愛なのである。アマレッティはドルチェを愛している。  アマレッティは振り返って、数万の兵たちの前に立つ。 「姫様より御剣を拝領した! 全軍出陣! ネミコを完膚なきまでに打破せよ!! 姫様に勝利を捧げるのだ!」 「おー!!!」  アマレッティが剣を掲げて号令すると、数万の兵が一斉に腕を突き上げる。  最強の剣に最強の騎士。負けるわけがない。  シュプレヒコールに沸き立ち、その熱量が兵士たちの心を一つにする。 「姫様、万歳!!」 「世界最強!!」 「ジェラート軍に負けなし!!」  その様子に圧倒され、マリトッツォは感嘆する。  姫のために戦う騎士というのはとても絵になる。それが絶世の美男美女なのだから、見ているだけで心が洗われるようだった。  アマレッティや兵士は、ドルチェが高貴で美しい女性だから従っているわけではないのも分かる。物質変換という高度な魔法を扱い、将兵を勇気づけるカリスマ性も持っているのだ。 「マリトッツォ」 「はい! こちらにおります」  マリトッツォは急に呼ばれ、ドルチェの元にダッシュする。 「あたしは城に戻るわ。技術者たちに設計図を渡しておいて」 「設計図?」 「新しい動力炉」 「ああ、天空への塔ですね」  二人の背後には巨大な塔がそびえている。  名を「パラディソの塔」という。  天に届くほどの高い塔を建築せよと、ドルチェの命令で動いている国家プロジェクトであった。  麓にはドルチェの物質変換魔法を利用した巨大な装置がある。空気中のマナを塔の建材に変換し続けている。通常では耐久度が足りずあまり高い建築物は建てられないが、この建材があれば可能なのである。  ドルチェの工房が城から離れた辺境の地にあるのも、塔を建築するためだ。  まだ建設中とはいえ、数百メートルにも及ぶパラディソの塔は、まさに世界一である。それはジェラート王国の権威の象徴であり、他国がうらやむ富と技術の象徴でもある。  それを守るために塔の周辺は要塞化し、アマレッティ率いる兵団が常に駐屯しているのであった。 「傲慢の塔とも呼ばれているようだけど」 「そ、そんなことないですよ……」  マリトッツォはごまかそうとするが、その名を知らないのはこの世にきっといないだろう。 「いいのよ、真実なんだから。何でも手に入れたい、あたしのワガママが詰まった塔よ」 「何でも世界最強がいいですもんね……」  マリトッツォは苦笑いすることしかできなかった。  しかしドルチェは笑わなかった。  天は神の領域である。そこに入り込もうとするのは、人の傲慢さであり、無謀さである。  国民はドルチェを信頼する一方で、呆れている部分もあるのだ。塔をいくら高くしたって天に届くわけがないと。  でも、ドルチェは真剣だった。  世界最強はすべて手に入れた。あとは人が手にできないものを手に入れる。
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