五十六番目の日本という世界は。

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五十六番目の日本という世界は。

「旦那さん、歌う〈アレ〉を知ってます?」  此処、平行線世界〈空無の間〉の一つ、とある日本。  ここは、五十六番目の世界である母国。  第五次世界大戦で勝利をした日本は、景気がうなぎ上りし発展していった。   日本と和親条約を結んだ国々は、日本の〈和〉の色に染まりつつ。母国は国々の文化を取り淹れながら〈和〉と融合させていった。  今では、我が国の流行の一つになった〈モダン化〉は進化し、より濃さを増していく一方である。  街並みは、大正時代から変わらずのレンガで引き詰められた道路。  周りには、レンガで作られた重圧感のある洋風建築の市役所、図書館。そして、一軒一軒設置されている米国風の外装である、小売業が数軒。  その間に、とある歴史のある家柄の中には伊太利亜の内壁を取り淹れた煌びやかな金の刺繡を縫われた紅い革張りソファーに合わせた応接間、格子ガラス戸の設置されている自宅がある。  そして、西洋建築の一部を取り入れた気品のあるランタンを連想させる、ガス灯。炎の核として〈マントル〉が使用されており、明るさの射程範囲が大きくなって以前の蝋燭より数倍である。  最近では、婦人たちの間でクラゲの形をした、壁の取り付けタイプの花柄のランプが流行しているらしい。特に、半透明な青色のグラデーションのガラスの工芸品は気品があって人気である。  次に、服装も〈洋〉を取り入れつつ〈和〉もデザインされた和モダンが主流になっていた。  例えば。月一で販売されている、若い娘の間で人気のファッション雑誌【大正婦人 ロマンティ】。  この特集で載った、モデルの服装の影響力はかなり大きい。  その為、外出時には袴の振袖口に桃色で刺繍されたレースを付けたり、イギリス発祥の厚底ソールと組み合わせたホールブーツのファッションセットを着ている少女が多い。  中には、きっちりと着こなしたスタイリッシュな千鳥柄の着物の上に、絹で作られた透明感のある柔らかみのある長羽織。その褄先と衣紋のみに、星空をイメージした縦ぼかしの染が入っているファッションを楽しんでいる、婦人など。  それを、楽しんでいるのは日本人だけでは無い。〈スミレ〉と名付けられた入国許可証を所持されている外国人もだ。  そんな爽やかな華のある街中に、似つかわしくない〈色〉のあるディープな夜の店が一軒ある。  それは、とある細い裏道にあった。  高い建物との間に存在しており、一見さんには分からない、見つかりにくい場所の場所。煤で薄汚れた元白い外壁塗装。隠れ家を連想させる奥行のある、古ぼけた正方形の形をした真ん中にアーチ形の木造の扉。  扉に釘打ちされている金のプレートに【バー kumogakure】と彫られていた。  玄関扉の右上に銅でできた引掛け金具にぶら下がっているランタン。  雨風などの天候に晒されてきたのだろう、所々錆びておりランタン内の灯がガラスの汚れで明るさが弱々しく、死の直前の虫の息のようだった。  ただいま、平日の金曜日 午後八時にて。  扉を開けると。古びた哀愁の漂う外壁と合わない、いろんな声が飛び交う店内に一変する。  扉を開けて右側に、コの字型のバーカウンター。それぞれのカウンターテーブルに、バーチェア二席分置かれている。バーテンダーの後ろに十種類以上の酒が並べられていた。主に条約で結ばれた国から輸入されたウイスキー、ジン、ワインなど。  左側には、三人分座れるU字型のクッション材チェアが五席分置かれており、満席状態だった。  薄桃色のチューリップ型の電灯が一席ずつ設置されており。蕾から淡い橙色が柔らかく、その場でいる客、スタッフたちの肌を撫でるように照らす。  そのおかげか、客商売をしている女たちの〈妖艶〉が増し、客の視界を楽しませる。人間の心理を利用した演出の空間は、オーナーのこだわりで六年も続いている。  そんな中、奥の五番目の席にて。 「ねえ~、岡本の旦那さん。わっちのこと好き?」  
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