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唄う〈 〉。
自身にとって、目の前にいる相手は。人生で見つけた、〈推し〉の一つ。
最近では、自身と同じ三十路の連中で流行っている〈推し〉。職場の同期と休憩中に似たような話しで盛り上がっている。
この時間は、仕事を頑張った自分にとって〈推し〉の応援ができるご褒美なのだ。妻には内緒だが。
「あぁ、美味いよ。どうした?いきなり、そんな事を言って……」
「それねぇ〜、わっちが旦那さんの為に選んだお酒なんよ。確か……加奈陀(カナダ)のメープルウイスキーっていうの。最近、お疲れの旦那さんに甘いのをどうかなぁと思ってね。えへへ」
「……ッそうか!うん、すごく美味いよ!!」
「良かったぁ〜、そう言ってくれると嬉しい!それにしても、……こんなに窶れて、可哀想な旦那さん」
コロコロと鈴のような声で喜びを伝えた後。急に眉毛を八の字にし、岡本の左頬に手を添える。指の腹で一本一本、愛でるように頬から顎にかけて滑らかに撫でおろす。
先ほどの幼女のようなしぐさから、ガラリと変わった色香。思いもよらなかった雪の行動に、一瞬固まる彼。
だが、それは一瞬だけだった。
心地良さに、動揺が解けるように消えていく。無性に懐かしさが込みあがり、ふと母親の温もりを思い出す。
幼少期に味わった母親の優しさを思いだした今。目を閉じ、この柔らかな時間を堪能している時だった。
「ねえ……、旦那さん。唄う〈アレ〉を知ってます?」
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