4人が本棚に入れています
本棚に追加
それは本当に何の前触れもなく突然の出来事だった。
当時私は茶道部に入っていて、その日は部活動が終わって、友達と別れ、日の暮れかけた帰り道を一人歩いているところだった。
私の家への帰路に、この町を横断する紅葉川という川があった。川幅は15mくらいの小さな川だ。500mおきくらいに小さな橋がいくつか架かっており、私がいつも通る橋は泪橋という名前がついていた。その橋の真ん中辺りで、菱野くんが所在なげに橋の欄干にもたれて立っていた。
「さ、さよなら」
無視して通り過ぎるのも気分が良くない。そのくらいの気持ちで言っただけだった。だから、いきなり手首を掴まれて、ひたすら驚いた。菱野くんの手は、上着もいらなくなってきた初夏にもかかわらず、指先が冷たかった。
「蒼井さんとちょっと話したい」
「え? は、離して……」
「逃げたりしないなら、離すよ」
「にげ……って、わ、わかったから。逃げないから、離して」
冷たい指先が剥がれた。
最初のコメントを投稿しよう!