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菱野くんの弟が通っていたという事実に驚いたけれど、同じ苗字なのに全く結びつかなかった自分にも驚いた。
言われて先に佑介くんの字が頭に浮かんだ。男の子なのに細めの繊細な字だった気がする。教室と言っても、先生の自宅の十畳ほどの和室で、十五人程度の個別指導だから、生徒同士の交流はそんなにない。名前も覚えないうちに止めてしまう子もいっぱいいた。
そういえば今日は教室がある水曜日だ。
気づいた瞬間、菱野くんに抱きすくめられた。
「は、離して!」
驚いてこちらから彼の身体を剥がそうとしたけど、男の子の力は強かった。手首とか私と同じくらい細いのに、肩と背中に回されたその腕はがっしり硬くて、びくともしなかった。
「いやだってば!」
悔しいけど涙が滲んできた時、ふいに彼の力が緩んだ。
顔を上げると、なぜか菱野くんは私じゃなくて、橋の中ほどを見ていた。
視線の先に男の子が立っていた。
黒髪の、眼鏡をかけた色の白い子。中学の詰襟を着ていた。
私と目が合ったとたん、男の子は白い顔をサッと耳まで赤く染めて、表情を確認する間もなく、走り去っていった。
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